コブタの半生(その3)夢を追いかけたコブタ、志半ばにして倒れる

ネイリストを夢見たトンちゃんに待っていたものは、あまりにも酷い仕打ちでした。

家に居場所がない、家から出たい。その思いから一度は実家から出ることに成功するも、自律神経失調症によりこころと身体は蝕まれ、職と住処を失ったトンちゃんは実家に帰る事を余儀なくされてしまいます。しかし家から出たいという思いは諦めきれず、再び家から出るために挑戦するのでした。

トンちゃんの夢と希望

何でもいいからやりたいと思ったことをやりたい、思い付きでもいい。そして実家から出てもう一度一人で生活したい。
やりたいことは何か考えた時、真っ先に浮かんだのがネイリストになることでした。

コブタの訓練

ホテルでの仕事を辞めた後、自分のやりたいことは何なのか、自分には何ができるのかをトンちゃんは考えました。それは彼女自身にもわかりませんでしたが、当時興味のあったネイルに少しでも可能性があるのであれば挑戦してみたいと思い、トンちゃんはネイリストを目指します。

まずはハローワークへ行き、ネイリストになるための職業訓練校に申し込みました。
ネイルスクールは東京にあったため、実家から東京まで週5日間で通うことになります。ネイルの訓練校では必死になって勉強し「ネイリスト検定3級」「ジェルネイル検定初級」「ネイルサロン衛生管理士」の資格を取得。半年後無事にネイルスクールを卒業し、東京のネイルサロンへの就職を決めました。
トンちゃんは再び実家を出て、夢と希望を胸に東京で一人暮らしを始めます。
精神疾患の火種はくすぶり始めていました──

コブタのネイルサロン

トンちゃんが就職したネイルサロンは先輩ネイリストが3人、内1人が店長、経営はネイルの知識はほぼない男性の経営者でした。
トンちゃんは実務経験はないのでまずは一カ月の研修からスタートとなり、アルバイトから正社員を目指すことになるのですが、ここで店長が驚くべき言葉を口にします。

「あーっと、トンちゃんさん研修1カ月は給料でないからよろしくー。」

なんと、そんなことが許されてもいいのでしょうか。週5日間フルタイムで働かせても研修だからという理由で給料は1円たりとも払わないと言うのです。そもそもそんな労働条件は聞いてもいなかったのですが、トンちゃんは自分の夢のためにその条件を飲まざるを得ませんでした。
一カ月の無給期間を終えたあとは給料が支払われるようになりましたが、仕事はポスティングや雑用が中心でネイルの施術はなかなかさせてもらえません。やはり技術職なので1~2カ月程度ではお客さんからお金をもらうレベルに達するのは難しく、店長の許可を得ることができずにいました。

働き始めてから3カ月ほどしてからある程度の施術許可は出たものの、先輩ネイリストや店長からは技術の上達が遅い、使えないと文句を言われるようになります。社長からもとにかく金を稼いで持ってこい、金を稼げない奴は必要ないと日々圧力をかけられます。結局のところ即戦力が欲しかったのでしょう、新人を育てるよりも目先の利益を出すことが重視されていて、2~3カ月で使い物にならないなら人件費の無駄だからいらないと、つまりそういう事だったのです。

その後数カ月間必死に技術の向上に励むも店長や先輩ネイリストに認められず、社長から退職勧告を受け、トンちゃんは自主退職に追い込まれてしまいました。

この頃から、自宅隣の一軒家にただならぬ気配が漂い始めます──

コブタのネイルサロン(2つ目)

この程度ではトンちゃんはネイリストになる夢を諦めません。もう一度別のネイルサロンで挑戦しようと思い、次の就職先が決まります。
こちらもアルバイトからのスタートとなるのですが、またしても店長から驚愕の給与体系についての説明が……

「最初に給料は時給制って言ったんだけど、アルバイトは研修期間だから施術中のみ時給がでるからねー。」

アルバイトは研修期間……!??
もはやグレーを通り越した悶絶のブラックさに開いた口が塞がりません……
ここでもトンちゃんはアルバイトから始め正社員を目指すのですが、アルバイトの間は時給が発生するのはお客さんのネイル施術中のみで、正社員になれば固定の給料がもらえるとのことですが、いつ正社員になれるかはわからないというのです。
トンちゃんはネイリストとして働き生計を立てたいと思っていました。自分が努力して技術を認めてもらえれば正社員になれると信じ、この異常とも思える労働条件を飲むことにするのでした。

一カ月の内、週に5~6日フルタイムで働いて貰える給料は3~4万円ほどで、生活費は貯金を切り崩しながら生活していました。
最初の1~2カ月はこの条件に耐え、技術を磨き、一刻も早く認めてもらえるように努力しました。その後は1カ月毎に店長の査定が行われます。

3カ月目。「良くなってきてるけど、これじゃまだ正社員にはできないよ」
4カ月目。「あともうちょっとだから、トンちゃんなら正社員になれるよ」
5カ月目。「まだ任せられない、きっと大丈夫だからあともう一カ月頑張ってみて」
6カ月目。「正社員になりたいんでしょ?やりたいなら教えるから、諦めないで頑張って」

生活のため切り崩していた貯金は底を尽きました。
これ以上はもう、生活の見通しが立たない──。トンちゃんは思いました。
このまま続けていても本当に正社員になれるのだろうか、そもそもこの会社は自分を正社員にする気はあるのか。本当は正社員という自分が一番欲しいものを目の前にちらつかせて、安い人件費で自分のことを酷使しているだけなのではないか

今まで気丈に振舞ってきました。本当はいつ崩れ落ちてもおかしくない精神状態で。ふらつく足元を支えていたのはネイリストになりたいという夢。今その夢すらも儚く散ってしまいそうになっている。もしそうなれば自分はもう……
目の前が真っ暗になってしまったトンちゃんはハローワークに駆け込み、職業カウンセラーに自分が置かれている状況を相談しました。
くやしさと、情けなさ、先行きが見えない不安など、今までせき止めていた感情は支えを失ったことで一気に溢れ出し、嗚咽を漏らさずにはいられませんでした。

カウンセラーの先生はゆっくりと言いました、職を変えた方がいいよと。
トンちゃんは失意のうちにネイリストになる夢を諦め、ネイルサロンを後にするのでした。

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