パチンコは勝っても負けても「やる気」がなくなるから行かないほうがいい

パチンコに行くことでの弊害でたちが悪いのは、お金ももちろんそうですが、やる気がなくなるということです。

パチンコはいちおう「遊技」であるので、楽しんで遊ぶこと、つまり「趣味」になるわけですが、私は趣味というものは、仕事や日常という現実から一度離れ、リフレッシュしてまたがんばるための息抜きのようなものだと思っています。

ところが、そんなパチンコは、勝っても負けても(つまり行けば)仕事などをがんばろうというやる気が逆になくなってしまうことがやたらと多いのです。

以前にも似たような話をしたことがありますが、今回は、パチンコ店に行くことでの大きな弊害となってしまう可能性が高い、やる気の問題について考えてみたいと思います。

パチンコは趣味にはなりえない

三点方式、技術介入性、あくまでも遊技、と苦しい言いわけや建前によって成り立ってはいますが、とどのつまり、パチンコはただのギャンブルなので、勝敗によって感情は大きく揺れ動きます。

みごと勝つことができれば、ギャンブルのスリルや興奮を味わうことができ、お金も増えてウハウハ、嬉しいと感じますし、ふつうに負ければ、なにもおもしろいこともなく、時間を無駄に消費し、さらにお金もなくなった、とイライラもします。

これを、現実からの一時的な離脱、リフレッシュのための趣味として考えると、それはいささかむずかしいことなのではないかと私は思うのです。

たとえば、魚釣りであれば魚がまったく釣れない、バードウォッチングであれば鳥がまったくいないなど、趣味によっては残念な展開も当然あると思いますし、運の要素が絡む趣味であれば、外的な要因などによって、感じる楽しさに振れ幅はできるものです。

ただ、それでイライラするということは基本的にはないでしょう。

魚が釣れない時間というのは、逆に趣があるようにも思えてきますし、鳥がいないのであれば、ほかの生きものを見るのもわるくはありません。べつにいら立つ必要なんてものはそこにはないのです。

しかし、残念なことに、パチンコの場合はそういうわけにもいきません。

なかには、うん万円使っていい演出が見れた、負けたけど楽しい瞬間はあった、と納得できる人もいますが、基本的には出なければ出ないだけ腹が立ってきますし、大半がそういった展開になります。しかも、勝っても気分が悪くなることだってめずらしいことではないのです。

勝っても負けてもイライラすることが多いパチンコ。こんなことでは休日に趣味として遊びに行っても、リフレッシュできるどころか、逆効果となってしまうことは目に見えていますよね。

勝敗は関係なくやる気が失せる問題

パチンコは趣味として遊ぶにはイライラする要素があまりに多く、むしゃくしゃしたまま家に帰ってくれば、翌日から、休み明けからまたがんばろうという気にはなりえません。確実にやる気がなくなります。

では、負けたときはまぁそうだとしても、勝ったときまでやる気がなくなるというのはどういうことだ? と思われる方も多いと思うので、ここからは、勝った場合と負けた場合に分けて、なぜパチンコに行くとやる気が失せるのかを考えていきます。

勝ってもやる気がなくなる

そもそもの話、パチンコ、というよりもギャンブル自体が負けるようにできているので、基本的には行けば負けることになると思っていたほうがいいと思うのですが、もちろん勝てるときもあるわけで、勝てる可能性を信じているからこそ、人は賭場に向かいます。

それならば、なぜ本来は喜ぶべきはずの勝てた場合でもやる気がなくなってしまうのかというと、これにはおもに2つの理由があります。

あぶく銭問題

私たち人間はなぜ働いているのかというと、根本は生きるために必要なお金を稼ぐためであって、一部の例外を除いては、この絶対的な理由を否定することはなかなかむずかしいことだと私は思っています。

そういったなかで、ふだんの稼ぎ以上の、身の丈に合っていないあぶく銭が天から降ってきたとなると、仕事をまじめにするのがばからしく感じてきたり、努力する気力がなくなってきたりもします。遊んでいただけで、必死に働いて得た賃金の何倍ものお金を手にしてしまったからです。

パチンコの場合はまだ数万~十数万円なので、それくらいのやる気ダウンですみますが、いい例が宝くじで、あれに当選した人というのは、仕事をやめるという選択を真っ先にすることも少なくはありません。

つまるところ、人間はあぶく銭を手にすればするほど、やる気がなくなる生きものなのです。

追いかけて損する

パチンコやスロットというのは、最高地点でやめることがきわめてむずかしいものだと私は感じています。

朝から高設定らしき挙動を見せつけられれば、「いまやめたらまだ勝てる分を損してしまう、ほかの人に出されてしまえば後悔してしまう」と考えてしまいがちで、終日打ち切るか、挙動が低設定くさくなってくるまではもうやめられません。

ひと区切りついたとしても、時間があればもうちょっと遊びたい、まだこんなものでは足りないと追いかけてしまいます。

その結果、帰るころになってみれば、手元に残っている出玉はだいたい最高出玉の半分~全ノマレのあいだくらいとなってしまい、そして毎回のように思うのです。

あのときやめておけばよかったと。

私たち人間は、勝つ以上に負けることを恐れる生きものです。最終的に3万円勝っていたとしても、最高地点から1.5~2万円程度のまれていたのであれば、勝っているのに負けた気分になります。

追いかけて損をし続ける限り、やる気もダウンし続ける。

ようするに、人生だけでなくギャンブルも、追いかけるのではなく、先に行く(確率以上に引き続ける)ことができなければ、勝者にはなれないということです。

負けてもやる気がなくなる

負けた場合なんてものは言わずもがなで、負けたら負けた分の労働が無意味になるため、そこでまず働く気力が失せ、生活を賭けていた場合は、生活が苦しくなる日数分だけやる気の低下が続くこともあります。

せっかくの休日を無駄に消耗し、今日は最悪の1日だったと考えながら目を閉じ、翌朝からふたたび仕事へ。

働き始めると、なんだかやる気も徐々に回復してくるものですが、また休日にパチンコに行って負けてしまえば、やる気が失せ、最悪だとそっと目を閉じ、仕事そしてパチンコ……の無限ループです。

もし、月に給料の半月分程度を負けているのであれば、それは半月働く必要がなかったということですから、そうなってしまっているという方は、いろいろと考えたほうがいいかもしれません。

パチンコは、負ければかならずやる気はなくなります。加えて負ける確率のほうがあきらかに高いです。この事実からは目を背けてはいけません。

今回のまとめ

・パチンコは行けば基本的にやる気がなくなる
・あぶく銭は結局次の資金になるので意味がない
・最高地点ではやめるのは非常にむずかしい

パチンコで得たあぶく銭というのは、結局はまたパチンコに行く資金になるだけであって、最終的にはそれも負けてなくなり、パチンコに行っていた時間が意味のなかったものとなることが圧倒的に多いです。

パチンコは副業だ、とか、時給のいいバイトをしに行っている、とか自分に言い聞かせていても仕方がありません。そんなことを考えている時間があれば、ふつうに働いたほうがいいですよ。

また、閉店時間などの区切りがなければ、いくら低設定のまぐれ噴きが濃厚で、終わる気配を感じていても、出玉の最高地点でやめるということはなかなかできたものではありません。

やめたあとに座った人に出されれば後悔します。自分が責任を持って打ち続けても、確率が収束し始めてため息が出ます。用意されているのは、勝てたとしてもやる気が失せる未来ばかりなのです。

勝っても負けてもやる気がなくなり、しかもそれはパチンコ以外のやる気であって、パチンコに行くやる気だけは残るという死亡遊戯。やはりパチンコは、行かないに越したことはありません。

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