旅人と、世話をする人

心臓は張り裂けそうなほどに脈打ち、緊張感で体は痺れます。
私は意を決して重い扉を開きました。

二度と戻ることはできないだろうと思っていた自分の居場所だったバーへ、私は再び足を踏み入れます。

「ミナトくん、いらっしゃい」

あの時から変わらない光景の中で佇むマスターは、いつになく穏やかに見えました。

人生という長い旅

私はただひたすらに謝りました。本当はすぐにでも謝りたかった。すぐにでも足を運ばなければなかったのに、どうして今まで・・・
マスターは怒るでもなく私を心配してくれていました。穏やかに見えた表情は、私の無事を知り安堵してくれていたのです。あれだけの迷惑をかけたのにもかかわらず。
人の優しさに触れ、私は涙を流さずにはいられませんでした。

「ちょっとは落ち着いたかい?」

マスターはこう続けました。
バーテンダーという言葉に、旅人の世話をする人、旅の疲れをいたわる人という意味があるのは知っているかな。いろんな説がある中で私はこの解釈が好きでね。
私は今、世話をする人。そして今日の旅人はミナトくん、君だ。

君は今人生という旅をしている。
その旅路には、時には進む道に石ころがあって躓いたり、時には険しい岩山が立ちはだかる事もある。でもそんな時はその石ころをどけてやればいい。岩が多くて登れなければ一度立ち止まって考えてみればいいんだ。
ミナトくん、君が今するべき事は立ち止まること。そして自分の足をよく見てみなさい。きっと酷く傷ついているんじゃないかな。君は足に怪我をしていて、そのままの状態で歩き続けようとしていたんだ。
怪我をしたままでは旅は続けられないね。どこで怪我をしてしまったのか、どうすれば怪我を治すことができるのか、一度ゆっくりと考えるといい。その怪我は自分で治せるのか、もう自分では治せないのかもね。

「君ならきっとまた旅を続けられるようになるよ。今日ここに来れたことは大きな前進だ。落ち着いたらまたおいで」

病の自覚

マスターははっきりとは言いませんでしたが、こう言いたかったのだと思います。
「君は病気を患っている。それも心の病気なんだ」
それまで気分の不調や無気力な状態、それに伴う体調不良はただつらい事を乗り越えられない自分の弱さが悪いだけだと。対人恐怖症や赤面症に関しては体質のようなものだと思い込んでいました。
しかしそれは間違っていたのではないか。
私は心の病についてできる限りを調べました。専門分野の書籍や文献を読み、人体の構造や機能を学び、精神医療の現状を把握しました。
その結果ついに私は辿り着くことができたのです。自分が病気であるという自覚と、その治療法に。

自力での精神疾患治療

私は精神科や心療内科には行きませんでした。(理由については後述します)
自力での治療を開始した私は三カ月、半年、一年と時間を追うごとに体調が回復していきます。一年が過ぎ、二年が過ぎてもうつ病や対人恐怖症が再発することはありませんでした。
三年、四年が過ぎるとそれらはもはや懐かしい思い出となり、記憶の片隅に残っている程度のものとなっていました。

epilogue

精神の病に振り回されず日々精進することに集中できた私は、治療を始めてから約3年ほど勤めていたバーで働き、その後自分の理想により近い店へ移動し、現在もバーテンダーを続けています。
今ではあの毎日怒られていた私が、旅人の疲れをいたわる「酒場の責任者」となりました。

私はそれまで知りませんでした。
病という鎖の外れた足はこんなにも軽かったという事を。怪我をしていない足で歩くのはこんなにも気持ちがいいものだったということを。
人生という旅の道のりは長く、険しいものだと思います。ですが、峠を越えた先にはきっと素敵な景色が広がっていると私は思います。

旅のサポートは私が引き受けますので、
もう疲れて旅をやめてしまったという方、もう一度旅に出てみませんか?
怪我をしてしまい立ち止まってしまっている方、もう一度旅を続けてみませんか?

素敵な景色を見に、人生という素晴らしい旅を──

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