【離脱症状】パチンコを禁断すると訪れる「苦痛」を超えた先にあるもの

パチンコに行けなくなることで生じる禁断症状は絶望的に辛い。しかし、それを乗り越えた先には待っているものがあります。

パチンコなどに依存してしまうギャンブル依存症の原因は精神依存にあり、脳が欲する依存対象の供給を断てばすぐに離脱症状(禁断症状)が出るようになるため、この離脱症状が出ている間は酷く辛い苦しみを味わうことになります。

私の経験上では、その期間は大体3週間前後。

離脱症状に耐えている方は、この期間を超えた先に何があるのか、この苦しみが延々と続くだけなのではないかと、先が見えない状態かもしれません。

しかし、この期間を超えた先にはとんでもないものがあるのです。そして、それが何なのかを私は知っています。

パチンコを断つための究極の状況

パチンコに行きたくて行きたくて仕方がない、パチンコに行けなくてイライラする、パチンコのことしか考えられず何も手に付かない……

パチンコの離脱症状(禁断症状)は早ければパチンコ店に行った翌日から現れ始め、1~3日で最初のピークを迎えると、次は1週間、2週間、3週間と、段階を踏んで多くの餌や罠、誘惑が目の前に、そして毎日のようにぶら下げられます。

それは控えめに言ってもこの世の終わりのような時間であり、当事者からすれば「これはいつ終わるのか、これから先の人生はこの苦しみを毎日感じながら生きていくのか」としか思えないため、私たちはすぐにパチンコ店へと舞い戻ってしまうのですが、ここで諦めてはなりません。

実は、どう足掻いてもパチンコ店に戻れない(行くのを我慢しなくてもいい)状況、つまり、離脱症状の最中でも、さほど苦しみを感じる必要がなくなる状況というのは存在するのです。

そしてその状況とは、究極を言えばたった2つだけ、

  1. 金が尽きる
  2. パチンコ店が街から消える

極論を言えばこれしかありません。

1. 金が尽きる

そもそもパチンコは遊技という名のギャンブルなので、賭けるお金がなければ当然パチンコ店に行っても何もできません。

そこで、貯蓄が完全に底を尽き、消費者金融などの貸金業者などからも一切お金が借りられないという状況に陥ると、解放されます。

この解放とは、「もうパチンコ店に行かなくていいんだ、毎日毎日繰り返される苦しみを味わわなくていいんだ」という、言わばパチンコ店という牢獄に囚われた魂が解き放たれたような状態。

この状態になると離脱症状が格段に軽くなります。なぜなら、一時的に離脱症状からも解放されるため、パチンコに行きたいを我慢する必要がなくなるからです。

ただ、注意してほしいのは、この状態でも離脱症状がゼロになるというわけではなく、次第に傷は回復していくため、何もしなければお金が手に入った時点でまたパチンコ店には行ってしまうようになるということ。

そして、借りようと思えばクレジットカード、銀行系カードローン、果てはヤミ金と、実はお金を借りる場所は表から裏まで多くのものがあるため、虚像の資金を調達する方法はいくらでもあるということです。

現に私も闇金に手を出す寸前まで行ったことがあるため、お金が底を尽く状態に辿り着くことはまだしも、最後の最後で自分をセーブできるかは一種の賭けなので、逆に危険となる場合もあります。なのでこれは極論の話なのです。

2. パチンコ店が街から消える

また、もう一つの状況として、パチンコ店が街から消えるというものがあります。

パチンコ店が街や地域、というか住んでいる国になければ、行きたいとか我慢するとかではなく、これはもう物理的に行けない状態になります。

なので極論を言えば、パチンコ店がない海外に移住してしまえば、パチンコがどうこうという離脱症状、禁断症状といったものからは、初めの内は別としても、すぐにほとんど解放されると思うのです。なぜなら、住んでいる国にはパチンコが存在しないから。

ただ、やはりそうは言っても、仕事、家族、お金、言葉など、色々な問題があるため、パチンコへの依存を断ち切るために海外に移住するというのは、これもあまり現実的ではありません。

しかし、パチンコ店が街から消えるという状況は、非常に稀な話ではあるのですが、実は存在するのです。

街のパチンコ店が閉店する日

1930年、初めて日本にパチンコ店が出来て以来、街からパチンコ店が完全に姿を消したのは、たったの一度だけでした。

1937年に日中戦争が勃発すると、戦時特例法によりパチンコ店は新規開店が禁止。その後の1941年には日本は太平洋戦争に突入し、翌年の1942年、戦時体制によりパチンコは「不要不急産業」として全面禁止となり、パチンコ店は閉店、遊技台は処分されることととなったのです。

そして、このパチンコ全面禁止は終戦となった1946年まで続き、その間、パチンコ店は深い眠りについていました。

2020年、非常事態宣言による営業自粛

それから時は流れること実に80年弱、世界は重篤な肺炎をもたらす新型コロナウイルスの猛威に晒され、日本では史上初となる非常事態宣言が発令。

先陣を切った7都府県では遊興・遊技施設、劇場・集会施設、大学・商業施設などの6つの業種に営業の自粛が要請され、遊興施設に含まれるパチンコ店は、緊急事態措置が実施される2020年4月7日をもって、860店舗が臨時休業を発表。

さらに、臨時休業を発表していない小規模な店舗でも、店頭に張り紙をするなどして営業を自粛し、中には看板・外灯の照明だけを落として営業する店舗もありましたが、街のパチンコ店は全て閉店しているというエリアも多い状態となっていたのです。

当初はパチンコに行くためにわざわざ県外まで行くという人も一定数現れましたが、その後、非常事態宣言は全国が対象となることが決まり、大手パチンコ企業の中には全国の店舗を臨時休業すると発表するグループもあるなど、パチンコ店の営業自粛は全国へと広がる兆しを見せていました。

そしてこの事態というのは、パチンコをやめるための、究極の状態である1つと大差のない状況だったのです。

長い苦痛の先にあるもの

パチンコに行けない苦しみは人によって期間は前後すると思いますが、大体3週間は離脱症状は続くと思います。それでは、その長い苦痛を耐え抜いた先には何が待っているのでしょうか。

私の経験上、それは「無」です。

パチンコに行きたいとは微塵も思わない。自分の好きな台がどれくらいの出玉が出ていたかも全く気にならない。新台などにも特に興味は湧かない。

パチンコという存在が人生から突然消えたような状態になるのです。

ただ、注意してほしいのは、それは長い眠りについているだけであって、完全に消失したわけではありません。

人からパチンコの話を聞いたり、何か気になることがあって少し調べてみたり、通りがかりにたまたま開いた自動ドアからパチンコ店の中が見えてしまったり。

そういったことが時々、眠っている依存症という名の獣をつついてしまうことがあるのです。が、獣の目が寝ぼけまなこの状態でそれ以上刺激しなければ、それは再び眠りに入ります。しかし、それ以上獣を刺激して完全に目が開かれてしまう、つまりパチンコ店に行ってしまえば、依存症は必ずや再発してしまうでしょう。

なので、基本は完全なる「無」。本当に時々、ちょっとだけ我慢するだけ。いや、我慢するというよりも、気を逸らす程度です。

それだけできていれば、パチンコ依存は目を覚ますことはありません。離脱症状の先にあるものは、長い苦しみから解放された、パチンコのない未来です。

今回のまとめ

・パチンコ断ちの方法は究極を言えば2つしかない
・パチンコ店が街から消えることは極めて稀にある
・離脱症状の先にあるものは「無」

2020年現在、街のパチンコ店が営業していないという、大袈裟な話ではなく100年に1度レベルの事態が起きていますが、行きたいを我慢する必要がないという状況は、離脱症状の期間をより短くする、より楽にパチンコ依存から脱出できる状況だと思います。

世界的な危機であることから、この状況は全くもって喜ばしいことではありませんが、恐らくここまでの事態となるのは今後二度とないかもしれません。

開いている店をなんとかして探そうとするのではなく、開いている店はもうないと考え、1日でも早い復興のためにも、そしてそのまま閉店となってしまう危険を覚悟してでも緊急事態を乗り越えようと、一丸となって休業しているパチンコ店のためにも、外に出ずに離脱症状を耐え抜いてほしい。未来はきっと明るいはずだ。

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