パチンコの負けを少しでも取り返すために粘る方へ言う。今すぐ帰宅せよ

負けを取り戻すために閉店まで粘るあの時間は、当たり告知のランプをおしぼりで隠す以上に無駄。早く家に帰った方がいい。

朝からパチンコ店に行き、途中一度は使った金額分の出玉を得ることができてもやめられず、そのまま続けた結果再び負け始め、最終的には閉店間近になって完全告知台などに移動。負けを少しでも減らすためにレバーを必死に叩いている方に言いたい。

さっさと家に帰ろう。

お金がどうこうとかそういう問題じゃなくて、時間の無駄ですよ。そして帰ることができれば、その日から何かが変わるかもしれません。

閉店間近の粘りは地獄絵図

これは特にスロットの話になるのですが、パチンコ店は閉店時間が近づいた20時頃からだんだんと気配が変わり始め、閉店間近の21~22時頃になると地獄絵図と化します。

店によっては店内BGMが最後のもう一勝負を煽るものに変わり、それまで負けていた来客が1発もしくは2~3発当てようと完全告知台に結集。まるで壊れた機械のように、パチンコ店に操られる傀儡のように必死になってレバーを叩き、大当たりを目指すのです。

傍から見れば異常としか思えない光景。ただ、当人からすればその日の負けを取り返す最後のチャンスであり、人は損失となると何とかしてでも回避しようとする性質があるので、必死にならざるを得ないのです。

しかし、私の経験上このような状況に陥っている時というのは、身も心もズタボロになっていることが多いように思います。

本当は疲れていてもう帰りたい。面白くもなんともない告知台をぶん回しているのが馬鹿らしい。本心では残った出玉がさっさとなくなってくれることを願っている、なぜなら潔く帰れるから。

だからこそ、私はこう言いたい。

設定だとか、合算だとか、そんなものはもうどうだっていいから、今すぐに家に帰ろう。

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パチンコは勝っても負けてもまた行く

閉店間際まで粘ったことで奇跡的に負けを取り返すことができても、最後の最後でなぜかその日最大のハマりをくらい、傷を増やして閉店終了となったとしても、どっちにしろまたパチンコ店には行きます。どう転んでもパチンコ店には行ってしまうのです。

見事に負けを取り戻すことができた場合は、なんだか勝ったような、全てが丸く収まったような気になって再びパチンコ店へ。粘ったことでさらに負けた場合は、その日は二度と行くかと思うも、数日後には傷が癒えて再びパチンコ店へ、といったようにです。

であれば、粘ったところで意味なんてものはないんですよ。

確かにその日の負けを何とかしたいという気持ちは誰にでもあるため、負けたまま帰るという英断を下すことは非常に難しい。ただ、勝っても、負けても、引き分けても、いずれの場合でも再びパチンコ店に行くのであれば、しんどい思いをしながら粘っている時間は無駄以外の何ものでもないのです。

普段は「パチンコに行きたい」に素直に従っているのであれば、「早く家に帰りたい」にも従っていいはず。また、家で帰りを待っている人がいる、飼っている動物がお腹を空かせて待っているという場合は尚更早く帰った方がいい。

こんな下らなさを極めたような、何の生産性もない時間はさっさと終わりにするべきだ!

そして、負けたまま途中でやめて帰るという大英断を下せた場合、その日から行動が変わる可能性もあるのです。

負けたまま帰ることで気付くこと

長年に渡り、パチンコ依存によって苦しめられてきた私の場合、

  • 負けている
  • 閉店間近でも粘っている
  • まだ出玉はいくらか残っている

という条件、つまり、営業時間には多少の余裕があり、やめようと思えば交換できる出玉があるという状態で、途中でやめられたというのは恐らく、片手で数える程度の回数しかなかったかもしれません。

大抵はここまでくると、出玉を交換するのがもはや面倒臭い、引き分け以下はこの際どうでもよくなってくる、といったことが起きていたため、とにかく出玉が尽きるか、閉店間際になるでもしないとやめられなかったのですが、極稀に途中で帰ることができた場合、翌日からの考え方には明らかな変化を感じることができていました。

それは、パチンコの下らなさを痛感するレベルが普段とは桁違いで、本気でパチンコをやめようと思えたという変化です。

粘ったことで中途半端に負けを取り返せれば、まぁ結果は最悪ではなかったと変に納得してしまう。粘ったことでさらに負けを増やした場合は、時間がないせいでこんな台に座って負けた、時間がある時にきちんとした台で、もう一度負けを取り返しに行こうと結局再びパチンコ店へ行く。

しかし、閉店間際まで粘る馬鹿らしさ、帰りたくても帰れないという阿保らしさに嫌気が差し、途中で帰るという英断を下せた場合には、口だけのもうやめようではなく、腹の底からパチンコはもうやめにしようと思えたのです。

私が思うに、こういった精神エネルギーが大きい時というのは、比較的パチンコをやめやすい。いや、というよりも、やめようと思う精神エネルギーが大きい時でしかパチンコはやめられないと言ってもいいかもしれない。

粘っている途中で帰ることは、そういったエネルギーを生み出すことにも繋がります。だからこそ、負けを取り返そうと粘っているのであれば、諦めてもうさっさと家に帰った方がいいのです。

この判断を下すのはとても難しい。ただ、「帰る」というたった一つの行動だけで、パチンコをやめるための土台が完成すると思えば、試してみる価値はあるはずだ。

今回のまとめ

・閉店間際までの粘りは無駄以外の何ものでもない
・「もう帰りたい」の声に素直に従うべき
・金を取り返せたところで意味はない

閉店間近の粘りで取り返せる金額なんてものは、数千円~数万円と、たかが知れた金額でしかなく、負けの一部、または全てを取り返せたとしても意味はありません。なぜなら、そのまま延々とパチンコを続けていれば、数百万、場合によっては1千万以上も普通に負けてしまうのがパチンコだからです。

今後失うであろう大金と、その日のたった数万円。これらを天秤にかけてみればどちらが大切かは考えるまでもないはず。よって、私たちが取るべき行動は一つ、家に帰るしかないのです。

それに、普段と違う行動を起こせば、普段と違う結果が出たりもするものです。閉店間際まで粘るなんて下らないことはもうやめにして、たまにはさっさと家に帰ってみよう。きっと何かしらの変化を感じることができるはずだ。

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