パチンコ依存症の克服とは、どこからが成功で、どこまでが失敗になるのか

そもそもの話、ギャンブル依存症克服の定義とはなんなのでしょうか。なにが成功でなにが失敗になるのでしょうか。

パチンコ依存症の克服というのは、どのような状態までいけば成功ということになり、どのような状態は未達成で、どうなると失敗してしまった、といえることになるのでしょうか。

数年間、十数年間パチンコに行っていなければ成功。パチンコに行っても使う金額を決められるようになったら成功。反対に、そういったことができなければ失敗?

もしかすると、この疑問には答えはないのかもしれません。パチンコ依存症とひと言でいっても症状は人それぞれであって、そこに明確なラインを引くことはむずかしいと思われるからです。

しかし、こういったことは考えることに意味があり、考えることで初めて見えないものが見えてきたりもするので、今回は、パチンコ依存症の克服とはそもそもなんなのかを考えてみたいと思います。

パチンコ依存症の克服とはなんなのか

かつての私は、間違いなく狂っていたと思います。

パチンコに行くためであれば平気で人との約束を破り、パチンコに行くためのお金がなければ借金をしてでも行く、というかつねに軍資金は借金であり、お金の使い方や行く行かないのコントロールは完全に不可能。

夕方から仕事があったとしても、ひどいときは昼過ぎから仕事があったとしても、朝からギリギリまでパチンコ店にいたりもしていました。場合によっては体調不良などとぬかして、そのままパチンコを打ち続けていたこともあったほどです。

では、現在はどうでしょうか。

人との約束よりもパチンコを優先することなどありえません。パチンコによってできた借金はすべて返済し、消費者金融などのカードはすべて解約。クレジットカードのキャッシング枠にもいっさい手をつけていません。

パチンコに行く行かないの制御もでき、時間がないときにパチンコ店に行くこともなくなりました。

一見すると、少なくともパチンコに依存しているということはなく、依存症は克服できているかのようにも思えます。

しかし、これは過去の記事にもちらほら登場していますが、ごくまれに私はパチンコ店に行くことがあり、そのたびに大きく負けて帰ってきて、またパチンコに行かなくなる、ということがあります。

パチンコに行くまでは基本的に制御できているものの、ひとたび行ってしまえば、使う限度額を決めたり、負けたまま帰る(見切りをつける)、ということができなくなってしまうのです。

このような症状、たとえば、

  • 負けを取り返そうとしてやっきになる
  • 使うお金をいくらまでと決められない
  • 負けたままではあきらめて帰ることができない

といったものは、よくギャンブルへの依存度をはかるための質問として出てくるので、これができていないのであれば、ギャンブル依存症は克服できてはいないということになるのかもしれせん。

ただ、正直いうと私は、これはもうギャンブルとはそういうものであって、負けたまま帰れないのは、失うことを恐れる人間の本質的な部分が関わっているので、もしかすると依存症とは関係ないところでの話なのではないか、とも思い始めています。

そうなってくると、私のように、ふだんはコントロールすることができるけれど、パチンコに行ってしまえばコントロールはできない、という方は、依存症の克服に成功しているのか、まだ成功していないのかという話になってきます。

寛解と治癒、停止と克服

ギャンブル依存症の克服(ギャンブル問題の解決)を目的とした自助グループであるギャンブラーズ・アノニマス(GA)では、ギャンブル依存症を強迫的ギャンブルと呼び、これを「進行性のものであり、完治することはないが、進行をとめることができる」ものと定義しています。

つまり、GAがいうところのギャンブル依存症の克服とは、完治ではなく進行の食い止め、すなわち「停止」ということができるようにも思います。

ところで、皆さんは「寛解」という言葉を聞いたことはあるでしょうか?

寛解(かんかい)とは、病気の症状が一時的あるいは継続的に軽減した状態、または見かけ上は消滅している状態のことをいい、それに対して完全に治っている(完治している)状態のことは「治癒」という言葉を使うそうです。

ようは、GAがいうところのギャンブル依存症の克服とは、寛解の状態のことをいっているのではないか、ということです。

そこで、そういったことも踏まえたうえで、先ほどのお金のコントロールについて考えてみましょう。

GAでは、強迫的ギャンブラー(ギャンブル依存者)は、ふたたび正常にギャンブルをすることができるようになるのか? という質問に対して、以下の回答をしています。

ならない。問題あるギャンブラーにとって、ささいな賭けに手を出すということは、アルコール依存症者が「最初の一杯」に手を出すのと同じことである。遅かれ早かれ、かつての破壊的なパターンに戻ることになる。強迫的ギャンブルとGA

GAによると、見えない一線を超えてしまうと、ギャンブルへのコントロールが失われ、完全に制御不能となってしまい、古い脅迫観念が戻ってくるようになるのだそうです。

では、私の場合はどうでしょうか。

私の場合でいえば、まず、かつての破壊的に狂った状態が「100」だとすると、現在の状態は「5」くらいなのではないかと思っています。ごくまれにパチンコに行くことがあるからです。

ところが、パチンコに行ったとしても、MAXの「100」に戻ってさらに進行する、つまり「100」を超え始めるということはなく、勝っても負けてもまた行きたくはなるので、たしかに「5」からは多少進行しますが、すぐに(大きく負けて)行かなくなることから、しばらくするとまた「5」に戻ります。

GAがいう「進行」が、最大値からの進行なのか、現在値からの進行なのか、あるいは両方を指すのかはさだかではありませんが、少なくとも私の場合は、パチンコに行ったとしても(その日は別としても)以前の最悪な状態にまで戻ることはなく、完全な再発を起こしている(失敗した)わけではないとも考えることができます。

ということは、私の場合は、ふだんは寛解(停止)状態だけれども、ときどき進行することがあり、しかし完全な再発までは戻ることはないという、非常に中途半端な状態になっているようにも思えます。

そう考えると、私はギャンブル依存症の克服は、いちおうできているようではあるものの、完全にはまだできていない、ということになるのかもしれません。

ひとまずの結論は、個人の目的の達成

私は「できない」といわれると、むしょうにそれをやりたくなることがあり、もちろんものにもよりますが、こうしなければならない、これは絶対に必要だ、といった王道のセオリーのようなものを、それを使わずにねじ伏せたくなることがあります。

そう、私の1つの目標として、ふたたび正常にギャンブルをすることができる状態になる、というものがじつはあるのです。

私はギャンブル自体は嫌いなわけではなく、むしろどちらかといえば好きなほうで、べつに業界を恨んでいるとかはありません。

たしかに、以前はパチンコによってわけのわからないどん底にぶちこまれ、そこからはいあがることもできずにただ泥水をすすりながら、パチンコと、自分を止めてくれなかった周囲の人間に対して、怒りの感情を抱いたことはありました。

しかし、そんなものはいっときの気の迷いであって、とっくの昔に浄化されているので、負の感情などはもう持ち合わせてはいないのです。

ただし、この目標というのは、パチンコをふつうにできるようになることではありません。正直いうとパチンコもスロットも、もう打ちたい台がなく、時間の無駄だと感じるので、これはどうでもいいのです。

私が目指すところは海外のカジノで、海外旅行中の夜に、ちょっと楽しんで遊べるようになりたい。そう思っているわけです。

そして、カジノに行って、お金はいくらまでしか使わない、これだけ負けたらもう帰る、ということができれば、おそらくそれこそが、私にとっては真のギャンブル依存症の克服になるのではないかと。

それに、それができるのであれば、もしパチンコに行ってしまったとしても、適当に切り上げて帰れるようになる可能性もゼロではないでしょう。

ようするに、ひとまずの結論としては、ギャンブル依存症の克服とは、かつては依存症だった個人がなりたい自分になれたとき、克服を掲げて立てた目標をすべてクリアすることができたとき、そしてそれを、半永続的に継続させられるようになったときなのではないか、ということです。

ギャンブルを完全に人生から切り離すことだけが、依存症の克服ではないのかもしれません。

今回のまとめ

・負けたまま帰れないのは誰でもそうだともいえる
・依存症の克服とは進行の停止というのがGAの考え
・制御不能状態をねじ伏せられる可能性も捨てきれない

いちばん手っ取り早いのは、ギャンブルを完全に人生から切り離すことであって、二度とやらなければ再発・進行といったことは起きなくなるので、それが最もオーソドックスな克服ルートだと思います。

ただ、私にはやり残したことがあり、制御できるのであればカジノにはもう少し行きたいので、今後もその可能性を模索したいとは思っています。それに、同じようなことを思っている方には、その可能性を示したいという思いもありますから。

二度とギャンブルはしたくない、あのころのように戻りたくない、別の趣味をおう歌したいという方は、そういった道に進むべきだと思いますし、私のように、不可能だといわれていることを可能にできるすべはないかを探したい人は、危険を覚悟でその道に進めばいいと思います。

人生は人それぞれなので、最終的に自分が責任を持てるのであれば、好きなようにやってみればいいということです。

もっとも、その可能性(ギャンブルを続ける)を模索するためには、一度パチンコへの依存を完全に絶つ必要があると私は思いますが。

スポンサーリンク
この記事をシェアする

コメントを残す

日本語が含まれない投稿は反映されませんのでご注意ください。なお、コメントは承認制となっているため、反映までにお時間をいただく場合などがございます。