私がバーテンダーを目指した理由を一度お話ししておこうと思います。……モテたかったからではないですよ(笑)
- 私がバーテンダーになりたいと思ったきっかけ+目指した出来事
- 今後の展望とバーテンダーとしての活動
ミナト私は7年ほどバーで働いていました
現在はワケあって休業しているのですが、現役当時は、
- どうしてバーテンダーになろうと思ったんですか?
- バーテンダーを目指したきっかけや理由はなんですか?
といった質問はよくされてきたので、お話ししたいと思います。
ちなみに、答えをさきにいうと、
バーが自分に居場所を提供してくれたように、次は自分が人に居場所を提供する側になりたい
と思ったからです。
カッコイイから、モテたいから、といった理由ではありません(笑)
また、私が将来の目標として掲げる、今後のバーテンダーとしての活動についてもあわせてお話ししたいと思います。


ミナト
元バーテンダー。現在は兼業ブロガーとして活動中。夢は海外放浪の旅にでること、自分のお店をつくること。ブログを通してひとりでも多くの方のお役に立ちたいと思っています。当ブログのコンセプトは「24時間営業の人生の休憩所」。>> プロフィール詳細はこちら
本日の1本


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【ひと言】:この甘さがたまらない。ロックでずっしりいきたい。12年は終売で現在はノンエイジが流通



エライジャクレイグは「バーボンの父」。バーボンウイスキーの生みの親のような人だな
バーテンダーになりたいと思ったきっかけ


この話は、私が「初めてバーに行く+行きつけのバーを見つける」までがワンセットになっています。
バーテンダーになりたいと思ったきっかけとして、まずはそこからお話しします。
当時、学生だった私は、講義をサボってギャンブルに明け暮れる生活をしていました。
性格的に歯止めがかからず、やれば大きく負けました。
学生ローンで借金をし、消費者金融からも借りるなど、多額の借金もこさえました。



それでも、やめられなかったんですよね
端的にいって、ギャンブルに依存していたと思います。
学生生活はうまくいっておらず、将来の目標もないなど、そういった現実から逃れるためにもパチ屋に通っていました。
私はお金をすり続けました。
絶望という暗闇のなか、夜の外灯に吸い寄せられる羽虫のように、ぎらついたパチンコ店へと日々行き続けたのです。
当時の私にとってこれは文字通り「死活問題」。
ほんとうに生きるか死ぬかの問題でした。



そんなある日、私の目に飛び込んできたのがバーだったんです
薄暗い店内からでもわかる、温かみのある木を基調としたつくり。
店内から漏れ出した、暖色系のやわらかい明かり。
それはまさに、羽のもげた私にとっては「やさしい止まり木」ともいえるものに見えました。
Bartenderを訳すと「Bar(止まり木)+Tender(やさしい)」で「やさしい止まり木」という解釈があります。
このとき、私はバーなんてものは行ったことがなく、入ろうかどうしようかと悩みます。
でも、なにかにすがりつかなければ、もう立っていることさえできないほどに追い詰められていたのかもしれません。
このとき私は、生まれて初めてバーの扉を開いたのです。
初めてのバーは競馬好きが集まるお店
私は初めてバーというお店に入りました。
店内は、一枚板が目を引くカウンター4~5席とテーブルが2席くらい。
小さいながらもまとまり感のあるお店で、カウンターに先客が1名いまいた。
ちなみにこのとき、私はバーに置かれているお酒はタンカレーしか知りませんでした。



ジンの銘柄の1つだな
そこで、タンカレーのロック(ライムなし)という微妙に通っぽい注文をします。
そして店内を眺めながら、まだ苦いとしか思えないお酒を飲んでいました。
お店のマスターはどうやら競馬好きらしく、お客さんと競馬の予想などをして盛り上がっています。
私はその話をなんとなく横で聞いていたのですが、
「競馬は好きですか?」
と、マスターが話を振ってくれました。
当時の私の専門はパチンコ・スロットと麻雀で、このときはまだ競馬には手を出していません。
競馬のことはよくわかりませんでした。
ところが、全然話がわからない私にも、マスターと先客のお客さんは、なんとなく競馬のルールなどを教えてくれたのです。
私はなにか、仲間ができたような気分になりました。
お互い出会ったばかりでなにも知らない関係なのに、1つの話題を共有し、かといって、それ以上深くは踏み込まない
この絶妙な距離感に、私は自分の居場所を感じ始めていたような気がします。



うまくいっていない私生活のこととか、聞かれたくないことは、誰も聞いてこなかったのが嬉しかったんですよね
今度またバーに行こう。
私のバー巡りは、この日から始まったのです。
2軒目のバーでは人生を変える出会いがあった
競馬好きマスターのお店に何度か通ううちに、私は違うお店も見てみたいと感じるようになりました。
そこで教えてもらった2軒目のバーを訪ねてみることにしました。
2軒目のバーは、飲食店を経営するオーナーが、趣味でやっているようなお店でした。



空いていたスペースを魔改造してつくり上げたようなバーでした
人ひとりがギリギリ通れる路地裏が入り口になっているなど、秘密基地をほうふつとさせるバーでした。
私はここのオーナーと仲良くなったことがきっかけで、後にオーナーが経営する飲食店で働くことになります。
それはさておき、このバーでたまたま同席したお客さんが、さらに別の店舗のマスターであることがわかりました。
バーに通っていると人とのつながりが増えていきます。
さらに別のお店も知った私は、そのお店にも行ってみることにしたのです。
たどり着いたバーで自分も働きたいと思った
私のバー巡りは3軒目に突入。
2軒目で出会ったマスターが経営するバーにやってきました。
しかし、これは運が悪かったというべきでしょうか。
その日は従業員のバーステーイベントなるものが行われていて、私は完全にアウェーな状態となってしまったのです!



タイミングが悪かったかな~と思いましたね
さすがにこれは失敗したと思い、私は早めに切り上げて出直そうとします。
ところが、以前会ったことがあることを話すとマスターもよくしてくれました。
従業員のバーテンダーも、年が近かったことから親近感がわき……。
イベントも落ち着いてきたこともあってか、気づけばアウェーと感じた居心地は、ホームに変わりつつあったのです。
私は、自分もこのお店の仲間に入れてほしい、そう強く感じたことをいまでも覚えています。
それからというもの、私はこのバーに通うようになり、
- ほかのお客さんと話したり
- 変なあだ名をつけられて呼ばれるようになったり
- お店の人とも仲良くなったり
と、いつしか、このお店に行けば誰か知っている人がいて、「自分は独りではないんだ」と思えるようになっていきました。
ギャンブルの場・賭場にしか居場所がなかった私に、初めて居場所ができたのです!
自分はここに居てもいい
そんな居場所があることは、心強く、ものすごくうれしいことだと感じました。
ほんとうに心が救われる思いがして、「もうギャンブルで現実逃避をしなくてもいい」と、前向きになることもできました。
そうして私は、この経験から
「バーという場所が自分に居場所を提供してくれたように、次は自分が居場所を提供する側になりたい。かつての私のように居場所を失ってしまった人に、居てもいい場所があるんだと伝えたい」
と、思うようになったのです。
これが、私がバーテンダーになりたいと思った最初の理由です。
現在も変わることはない、私の活動の根幹をなしている想いです。
それでも私がバーテンダーを目指した理由


さて、そのあとですが……、じつは私はいちどバーテンダーになることを諦めました。
これには私がしてしまった大きな失敗がかかわっています。
しかし、それでもバーテンダーを目指したのには理由があったので、ここではその話をしましょう。
その後、さきのとおり、私は2軒目のバーで知り合ったオーナーの飲食店で働くことになります。
しかしこの飲食店の労働環境は、想像を絶するほどの過酷さでした。
また社長の度が過ぎたスパルタ教育、というかもう殴る・蹴るのパワハラですね。
そういうのもあって限界を迎えた私は、1年弱でこの仕事を退職。



で、たまりにたまったフラストレーションが爆発して、退職後はまたギャンブルに走ってしまったんです
それに伴って、私がバーを見つける前のころ以上に、精神状態は悪化していきました。
思えば、過去最悪のレベルで私は精神を病んでいたように思います。
それを知った行きつけのバー(3軒目)のマスターは、仕事を紹介してくれるなどして、私に手を差し伸べてくれました。
ところが……、私はこれを裏切りました。
借金があり、紹介してくれたさきの仕事ではやっていけないと、なかばバックレに近いかたちで仕事を辞めることにしてしまったのです。
私に居場所を与えてくれ、いつも相談に乗ってくれていた恩人。
その人の好意をむげにし、私は恩人の顔に泥を塗るようなまねをしてしまったのです。
私は、バーテンダーになる夢を、ここで一度諦めました。
……裏切者に夢を追う資格などないと。



ただ、それでもだったんだ
行きつけのバーのマスターは、私のことを心配し、許してくれて、「またおいで」と言ってくれたのです。
私はマスターに謝罪しながら涙を流しました。
こんな自分でもまだここに居てもいい。
ただひたすら心配してくれ、それでもまだ居場所を提供しようとしてくれるマスターの人情に、強く心を打たれました。
もう二度と、人も、自分の思いも裏切りたくない、裏切ってはいけない。
マスターの寛大さに触れ、そう強く思った私は、それからしばらくしたのち、バーの門を叩きました。
今度は、自分がカウンターのなかに立つ側として。
私がバーテンダーを目指した理由は、自分の想いや夢を、諦めたくなかったからです。
困ったとき、苦しいときに来られる「居場所」を提供したいという想いは、この出来事(私の失敗)でより強固なものとなったのです。
今後の展望:バーテンダーとしての活動は


私がバーテンダーになりたいと思ったきっかけ・目指した理由は以上です。
最後に、今後の展望をお話ししておきたいと思います。
やはり私は、最終的には、自分のお店を開きたいと思っています。



いま私は、バーでの仕事はお休みしていて、「第1の目標」を叶えるために動いています
第1の目標とは、海外放浪の旅にでることです。
世界一周旅行のような感じです。
この広い世界を自分の目で見て、自分の足で冒険したい。
これは子供のころからの私の夢でした。
一度きりの人生なので、まずはその夢を叶えたいと思っています。
元バーテンダーとして飲食以外で仕事をしているのは、すべてはその夢を実現するためです。
そして、それがおわったら、第2の目標を叶えたいと思っています。
自分のお店(バー)をつくって、当時のつづき、「居場所の提供」をすること!
旅行好きや旅行者、おなじ仕事をしている人など、いろんな人も集まれるバーをつくりたいと思っています。
夢や目標を実現できるのか、正直なところ、日々「ほんとうにできるのか」と不安にはおそわれます。



でも、結局のところ、追わなければ夢って叶わないものなんだよな
なので、ひたすら追いつづけています。
私の夢や目標がどうなったかは、このブログか関連サイトを見てもらえれば、進歩状況はわかると思います。
いずれお店でお会いしましょう!



私はやると言ったらやります……!
ぜひとも、そのときを楽しみにしていてもらいたいと思っています。
今回のまとめ
- バーテンダーになりたいと思ったきっかけは「居場所の提供」
- バーテンダーを目指した理由は夢・目標を諦めたくなかったから
- 元バーテンダーミナトの今後の活躍にご期待ください
私がバーテンダーになりたいと思ったきっかけは、「人に居場所を提供したい」と思ったからです。
いちどは失敗により、その目標を諦めました。
それでもバーテンダーを目指したのは、やっぱり夢や目標を諦めたくないと思ったからです。



また、居場所の提供と同時に、つぎのような思いもあります
かつての自分のように苦しんでいる人を救いたい、力になりたい
なぜなら、そういった精神的なつらさや苦しみは、味わった人間にしかわからないと思うからです。
私のこれからの目標は、想いのすべてを叶えること。
- まずは海外放浪の旅を実現させ、自分のお店をつくる
- 人に居場所を提供し、苦しんでいる人を救い、それをしようとする自分の夢を諦めない
これは是が非でも実現させたいと思っています。
ちなみに当ブログも、「人生の休憩ができる居場所を提供したい」といった目的で運営されています。
ネットを介せば、24時間全国どこへでも、それができると思ったからです。




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