本当のことをいうと、これは秘密にしていることでもあったのですが、もういいでしょうということでご紹介します。
現在私は無期限休業状態となっているので、いちおう元バーテンダーということにしておきますが、それはさておき、バーテンダーがいちばんうまいと思うお酒、ほんとうにおすすめのウイスキーはなにか? という質問はよくされてきました。
それは、ウイスキーがたくさんあるバーでは、どれをたのんでいいのかわからないという方から、酒場を仕切っているバーテンダーがいちばん好きなウイスキーだというのであれば、それはさぞかしうまいお酒なんだろうという興味がある方まで、いろんな方からされたものです。
では、この質問をされたときには、私はいつもどのように答えていたのか。じつをいうとこの話は、諸事情により、ほんとうに知りたい方にしかお話ししないようにしてきたのですが、いまさら隠し立てするようなことでもないので、今回はこの話をしましょう。
私がいちばん好きなお酒(ウイスキー)は、「エズラブルックス」という銘柄のバーボンウイスキーです。
安くてうまいコスパ最強ウイスキー「エズラ」
バーで勤務している当時は、いちばん好きなお酒はなんですか、とか、ほんとうにおいしいウイスキーはどれですか、とか、いろいろと聞かれたものです。
そんなとき、お酒のつまみ程度に聞いておきたいということではなく、ほんとうに知りたいという方には、だいたい私は、このように回答してきました。
私がいちばん好きなウイスキーですか? う~ん、やっぱりこれですかね(ゴソゴソ)
銘柄 | エズラブルックス(スタンダード) |
種類 | バーボンウイスキー |
容量&度数 | 750mL 45度 |
エズラブルックスは、アメリカ・ケンタッキー州でつくられるバーボンウイスキーで、この黒いラベルのものが、標準的なスタンダード品となっています。
その上には、年数熟成が入ったことで名前が変わり、オールドエズラ7年、12年、15年といったラインナップがあったのですが、現在それらの年数ものはすべてが終売。年数もので入手できるのは、ぎりぎり在庫のあるものか、リニューアルされた「バレルストレングス(7年)」という、度数を高めた高級品のみとなっています。
ちなみに、オールドエズラ7年、12年に関しては、終売となったあとのタイミングあたりで、少しラベルが変わりました。
これは、生産中止が決まったあとで、つくっておいた樽が大量に見つかり、在庫がある分だけリニューアル品として再販することができたから、とかいう話を聞きましたが、これについては、真偽のほどは不明となっています。
さて、このように、エズラブルックスには、貴重な年数ものなどのバリュエーションがいくつかあるものの、私が好きなものは画像のスタンダード品、いちばんふつうのブラックです。
ウイスキーが好きな方であれば、「なぜそれなんだ?」と思われるかもしれません。なぜなら、このウイスキーは安いお酒ですし、単純に、年数熟成もののほうが味がおいしいのはたしかで、おいしいウイスキーなら、ほかにもいくらでもあるからです。
しかし、そこではないのです。私がこのウイスキーを、愛してやまない理由は。
エズラブルックスをベストウイスキーに選ぶ理由
なぜ私が、エズラのスタンダードをいちばんうまいと思うお酒にあげるのかというと、それは、私が初めてエズラと出会った日の、いまも忘れることはない過去の出来事にその答えはあります。
お店では長くなるので、最初から最後までお話しすることはありませんでしたが、せっかくなので、今回はそのいきさつをお話ししましょう。
駆け出しのバーテンダーは悩んでいた
当時、駆け出しのバーテンダーだった私は、人手不足などの理由により、右も左もわからないような状態のまま、一人ですべての問題を処理し、お店の営業をしなければならないといった状況に立たされていました。
当然ながら、そんな状態で仕事がうまくいくはずもありません。
1つの問題が解決したと思えば次の問題が起き、お客さんに怒られたりすることもしばで、お客さんによっては対応の糸口がまったくつかめず、なにを話せばいいのかまるでわからないこともありました。
加えて、経営者からは、売上をあげられていないことなどに対する文句を日常的にいわれるなど、そのようなことばかりが起きていたのです。
そんな、つねに問題が発生しているような状況で、私は大きな問題を1つ抱えていた時期がありました。
これはバーではよくあることで、「店は認めているが、新人の君はまだ認めていない」とでもいったような、ようは、これまでのバーテンダーとくらべると、新人の君はまだまだだな、と思われているであろう男性客への対応に悩んでいたのです。
これへの解決策は、おそらく、腕をみがき、経験を積むしかないでしょう。私は、それまで以上に修行にはげみました。
営業が終了してから朝まで酒づくりの勉強をしたり、お酒に関する文献をできる範囲で読みあさり、また、会話は情報戦でもあるので、酒以外の情報も積極的に取り入れるようにして、世代の違う相手ともなんとかやりあえる、そんな「武器」を集めていったのです。
そういった私のすがたは、あとで聞くと、街行くお客さんも見てくれていたようでした。もしかすると、彼もその一人であったのかもしれません。
ある日、その男性客はいったのです。
最近、顔つきが変わってきたじゃない
人に認められるというのはうれしいものですが、毎日のように怒られていた駆け出しのころの私にとっては、ある種の心が救われるようなものがありました。
こんな日こそバーに行こう。私は、その日の仕事終わりに、昔からお世話になっていたバーに行くことにしたのです。
しかしお金がないのがお約束で
お店を閉めて行きつけのバーに向かう途中、私は「そういえば」と財布の中を確認。すると、このときの私の所持金は、なんと1150円でした。
しかもすべてが硬貨。
当時、いろいろあって生活に困窮していた私には、下ろせるお金や、クレジットカードさえもありません。ほんとうにお金がこれしかなかったのです。
それでも、どうしてもウイスキーが飲みたかった私は、失礼を承知のうえ、バーのマスターに連絡してみたのです。
いま、お金がこれしかないんですけど、一杯だけいけますか……?
……OK!
それまでの関係があったからこそというのもあるとは思いますが、マスターはこころよく私をお店に迎え入れてくれました。
さらに、なにかを察してくれもしたのでしょう。今回は特別にということで、なんとチャージなしのダブルで、ウイスキーをふるまってくれたのです(ほとんど半額に近い金額でした)。
そして、なにを隠そう、このとき私が飲ませてもらったのが、「エズラブルックス」でした。
そのとき飲んだエズラの味は、いまでも鮮明におぼえています。
仕事がうまくいってうれしかったこと、どうしてもウイスキーが飲みたかったけれどお金がなかったこと、それでも私を招き入れてくれ、ほとんど足りていないようなものなのに、シングルをダブルにしてもらえたこと。
ほんとうにうれしかった。いままで飲んだどんなお酒よりも、この一杯がおいしかったのです。
高級品にまさるふつうの安酒
その後、仕事にも慣れ、生活苦からもなんとか抜け出すことができた私は、勉強もかねて、多くのウイスキーを飲みました。
20年、30年と熟成年数の長いウイスキーや、かつて製造されていた希少品であるオールドボトル、業者がオフィシャルの蒸留所から樽ごと買いつけて製造するボトラーズブランドなど、いわゆる高級なウイスキーも飲んできました。
たしかに、こういったものは、おいしいものが多いです。質のいいものは、まちがいなくうまいということができるでしょう。 感動するほどおいしいものもたくさんありました。
しかし、あのときの、いつものバーでエズラブルックスを飲んだときの感動を超えてくるものは、なぜか1つもなかったのです。
まだ飲み足りないだけかもしれないですし、さらに高級なお酒を飲めば、それも変わるのかもしれません。けれど、私のなかでは、答えはすでに出ていました。
強烈な想い出によって補正された酒の前には、どんなにうまい酒も、それを超えることができない、想い出にまさる酒はない、ということだったのです。
ふつうのお酒と高級なお酒、純粋に味だけをくらべれば、その差は歴然。ふつうのお酒は、高級なお酒に太刀打ちすることもできない場合が圧倒的に多いでしょう。ところが、記憶による補正の力は、その埋められない差を、一気に埋めてしまい、すべてを瞬時にくつがえしてしまう。
それが、「想い出」の持つ力なのです。
よく、海外旅行の際に飲んだ現地のカクテルの味が忘れられず、いろんなバーで同じものを注文したけれど、やっぱりあれを超えるものと出会うことはできなかった、といったような話を聞いたりもしますが、それと同じような話です。
大切な想い出のそばにあったお酒が、私の場合はエズラでした。これが、私がいちばんうまいと思うお酒に、エズラブルックスを選ぶ理由です。
酒は想い出をよみがえらせる
想い出のそばにあったお酒は、当時の記憶を、鮮明によみがえらせる力があるとも私は思います。
海外旅行の際に立ち寄ったバーで飲んだお酒、初恋の人といっしょに飲んだお酒、記念すべき日に飲んだお酒。それらを飲めば、いつなんどきでも、当時の景色や感情、記憶を呼び覚ましてくれるのです。
喜びに満ちあふれているときにそれを飲めば、さらにしあわせな気持ちに、反対に、悲しみにひたっているときにそれを飲めば、立ち直るきっかけをあたえてくれたりもします。
先のとおり、当時飲んだお酒と同じ、あるいはほとんど変わらないお酒を今後飲んだとしても、当時ほどのおいしさを感じることはできないかもしれません。けれど、かつての記憶をなつかしんで思いをはせることや、いまの自分をふるい立たせることはできるはず。
だからこそ、私は、いつもエズラを飲む。
マスター、エズラのロックをお願いします
あー、ごめん。エズラ取り扱いやめちゃったんだよね
そんなわけで私は、想い出の場所で、想い出のお酒を飲むことはできなくなってしまったのですが、エズラブルックスへの愛はいまも変わりません。あればエズラを飲みます。
今回のまとめ
・想い出にまさる酒はないのかもしれない
・エズラは補正抜きにしてもうまいのでおすすめ
これは年配の男性の方に多い話なのですが、安いウイスキーが好きだという方は、けっこう多いような気がします。
というのは、いまでこそウイスキーは安く手に入るものの、当時はとんでもない高級品だった時代があり、自身が若いころのウイスキーといえばこれだった、といった、やはり昔に思いをはせる方、当時の銘柄に思い入れのある方が多いから、という理由なのではないかと私は思います。
こういったものはめぐり合わせなので、探せば見つかるようなものではないともいえるかもしれませんが、ウイスキーにかぎらず、いろいろと飲んでいれば、いずれは「これだ!」というお酒に出会うこともできるでしょう。
ぜひ、皆さんにもそういうお酒を見つけてもらいたいと思います。
おっと、そういえば忘れていました。私がエズラを秘密にしていた理由ですが、これをおすすめすると安いエズラばかりが出るようになってしまい、売上(単価)が下がると同時に同じ酒ばかりが出るという状況を経営者に怒られたからなんですね。
いまはもう関係ないのでお話ししたしだいですが、まぁそれはいいとして、エズラはおすすめなので、よかったら飲んでみてください。
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コメント一覧 (2件)
私もエズラが好きです。
検索してたらこちらへ。
久しぶりに飲んだエズラブルックス。
たしかに思い出補正はあっても、今も美味しい。
ミナトさんのお話も素敵ですね。
コメントをありがとうございます!
やっぱり思い出があると、色あせない感があって、いつ飲んでも美味しく感じられますよね。
バーで飲めば場所的な補正もあって美味さは倍増です。
これからも飲んでいきたい1本です!