ゲーム面白いですよね。
私もかつてはゲーマーだったのですが、あるタイミングからゲームをやらないようになり、ある出来事によって完全に卒業しました。
ミナトその結果からさきにいうと……、ゲームはやめてよかったと思っています
近年はゲーム依存症(ゲーム障害)に悩む方も少なくないと聞きます。
そこでこの記事では、私がゲームをやめることになったきっかけと、そしてその結果、なにがどう変わったのかなどをお話しします。
またせっかくなので、私がハマった(特に印象に残っている)ソフトについても、ハード別でいくつかご紹介したいと思います。
ゲームをやめたら人生は今日から変わるかも? どうぞ最後までご覧ください。


ミナト
元バーテンダー。現在は兼業ブロガーとして活動中。夢は海外放浪の旅にでること、自分のお店をつくること。ブログを通してひとりでも多くの方のお役に立ちたいと思っています。当ブログのコンセプトは「24時間営業の人生の休憩所」。>> プロフィール詳細はこちら
胸をアツくした歴代ゲームソフト


ゲームは確かに、面白いです。
1日に10時間以上余裕で遊んでいられますし、ストーリー性が高いゲームは、本当に泣ける・鳥肌が立つようなものも多いです。
私の場合は特に学生時代(小~高)にゲームにハマっていました。
まずは本題に入る前に、かつては胸をアツくしたゲームからハード別でご紹介します!
ここの話はちょっとアツくなって長くなってしまいました。本題から見たい場合は、「ゲームをやめたきっかけとその理由」までジャンプしてください。
ゲームボーイ編
私がゲームに本格的にハマり始めたのはゲームボーイあたりからです。
初代ポケモン(赤・緑)から、メダロット、テリーのワンダーランドなどなど。
GBは割と王道を攻めていましたが、そんな中でも特に印象に残っているのがこれ。


KONAMIから発売された悪魔城ドラキュラシリーズのGB1作目「ドラキュラ伝説」です。
悪魔城ドラキュラは、
幾度となく復活するドラキュラ伯爵と、ヴァンパイアハンターのベルモンド一族との戦いを描いた作品
で、ベルモンドはムチを片手に魔物と壮絶な死闘を繰り広げます。
主人公は初代悪魔城ドラキュラなどに登場するシモン・ベルモンドの先祖、クリストファー・ベルモンドで、横スクロールのアクションゲームです。
悪魔崇拝・呪術・永遠の命……。
などなど、全体的にダークな雰囲気が幼心をくすぐりました。
ドラキュラの根城にムチ一本だけで単身乗り込んでいく「正義の男」、そして男のムチから繰り出される聖なる炎は、少年だった私の心にも火をつけました。
その後、私はヴァンパイアものにハマりだすのですが、きっかけはこれだったのかもしれません。
スーパーファミコン編
ハードがスーパーファミコンに変わると、世界は変わりました。
大画面に映し出される美麗なドット絵は息をのむほどのもので、私のゲーム欲は肥大化していきます。
- ロックマンXでは3で初めてゼロが使用できるようになったことに感動
- ロマサガ3では最後のステージでセーブしてしまったせいでダンジョンから出られなくなって詰み
- 超魔界村の2週目をクリアしようと何度もトライ
あとは、忘れてはいけないのがこれです。


SQUAREから発売された「バハムートラグーン」。
パッケージとタイトルが既にアツい!
しかも、本作はドラゴンにエサをあげて育てるという、もうこれは少年の憧れのようなゲームだったのです。
途中シナリオで残念な展開があることでも知られていますが、正直言うと私はまだ子どもだったので、その辺はよくわからず。
あるのはドラゴンと一緒に戦った記憶だけ!


また、周りはFF・ドラクエをプレイする中、私はATLUSの「真・女神転生」にハマります。
真・女神転生は東京を舞台としたダークファンタジーです。
悪魔を召喚し、従え、合体させるというシステムもさることながら、退廃的で無機質な世界観は当時の私に大きな衝撃を与えました。
子どものころは田舎に住んでいたので、ゲームに出てくる東京の地名は全くわかりませんでした。
ひとまず、シブヤやイケブクロはヤバい街なんだろうなと感じたことを覚えています。
後に、その考えは大体合っていたことを私は知ることになるのですが……。


そしてSFCで一番アツかったのが、発売元はSQUARE、開発は大宮ソフトの「FRONT MISSION GUN HAZARD」。


フロントミッションは元々ターン制のシミュレーションでしたが、今作は横スクロールのアクションゲームです。
装備を強化することで機体や武器が変化していく楽しさ、直感的な操作で戦場を駆け巡るヴァンツァー(機動兵器)。
年を取るにつれてだんだんとロボットに乗りたくなってきた私の、願いを叶えてくれるゲームでした。
某ゲーム雑誌には、スクエアが大宮ソフトに開発を依頼したことで、シミュレーションではなくアクションゲームとなったことから、
このゲームは「もしかしてやっちゃった?」
のようなことが書かれていましたが、個人的にガンハザは名作です。
プレイステーション編
プレイステーション。目覚ましい進化を遂げたハード。
ロボットで言えばアーマードコアなどの名作がここから生まれ、バイオハザードやマーブルVSストリートファイターなど、CAPCOMのゲームも勢いを増していた記憶があります。
特にカプコンの格ゲーと言えばこれでしょう。


ジョジョの奇妙な冒険!
SFCでもジョジョのゲームはあり、そちらはよくわからなかったのですが、このPS版のジョジョはとにかく完成度が異常に高く感じられました。
キャラとボイスが絶妙にマッチしていて、原作ファンも納得の出来だったと思います。
ギャラリーモードで聞けた承太郎とDIOの対決ボイスも素晴らしい!


それと初代サイレントヒル、これには度肝を抜かれました。
ハリー・メイソンは休暇のために訪れた「サイレントヒル」で娘のシェリルとはぐれてしまい、娘を探すために街を徘徊。
ところが、物語が進むにつれ、街に存在するカルト教団、司祭の娘が辿った悲劇的な運命、そして自分たちがサイレントヒルに導かれた理由を知ることになります。
途中、街はサイレントヒルの真骨頂である「裏世界」へと何度も変貌。
その異様でグロテスクな光景と異常なまでに残虐的な世界は、もし自分が放り込まれたら即自害するだろうなと思わせるほどのおぞましさがありました。
一人だとできないほどの怖さがありましたね。
しかし練り込まれた世界観とストーリーは、サイレントヒルがただのホラーゲームではないことを証明しています。


また、PSのRPGでは「ヴァルキリープロファイル」は外せないでしょう。
戦乙女のヴァルキリー(レナス)は、天界の戦力増強のために人間界に降り、英雄の魂を集めて成長させる任務を淡々と遂行します。
しかし、瀕死の英雄たちにはそれぞれ死に至るまでのドラマがあり、その背景が1人ひとり丁寧に描写されていくのです。
それは全ての仲間に感情移入できるほどのもので、話を進めていくたびに、神の指令(仲間を天界に送る)に背きたくもなったものです。
戦闘システムもアクション性が高く、技もいちいちカッコイイ。



「てめぇの顔も見飽きたぜ!」
北欧神話をモチーフにした世界観でもあることから、まさにヴァルキリープロファイルは神ゲーと言うことができます。


そしてPSの一番はやっぱりこれ、「悪魔城ドラキュラX 月下の夜想曲」。
月下の夜想曲では、ドラキュラと人間リサとの間に生まれたアルカードが主人公。白銀の長髪、中性的で美しい容姿ですが、年齢は推定400歳です。
かつてアルカードの母リサは、魔女狩りによって磔にされ、人間たちの手で処刑されてしまいます。
しかし、その際に残した「人間を怨んではいけない」といった最期の言葉を守るため、主人公は復活したドラキュラ、実の父を討伐しにいくのです。
今作はヴァンパイアがヴァンパイアを狩るという胸アツなストーリーもそうですが、アルカードの剣技、使い魔の使役、アルカード自身も狼などに変身するなどの魅力が満載。
ドラキュラ城を探索してMAPを埋めていくのも楽しかったなあ。
PS2編
私がゲームにハマった全盛期はここで終了となる「プレイステーション2」。
デビルメイクライや鬼武者などもここから始まり、これまで遊んできたタイトルのシリーズも大体やりましたが、PS2で特にアツかったのがこれ。


ATLUSから発売された「DIGITAL DEVIL SAGA アバタールチューナー(DDSAT)」です。
本作は女神転生シリーズの完全新作で、悪魔を使役したり合体させるのではなく、プレイヤーキャラ自らが悪魔に変身するのが特徴です。
感情を失い、抗争に明け暮れる主人公サーフ率いる一行は、ある日悪魔になる力を手に入れるのですが、
敵を喰わなければ飢え、理性を失い、生きていくことができない
という業を背負うことになります。
しかし、喰うことによって彼らは感情を取り戻していくのです。
新・女神転生シリーズが比較的無機質であるのとは対照的に、DDSATは「感情」という1つのテーマがあるため、非常にエモーショナルでした。
1と2に分かれていることもあってか評判はそれほどだったようですが、個人的にはかなりアツかった。
DDSATはノベライズ化もされているので、気になる方は小説版を読んでみても面白いかもしれません。
そして、かつてはゲームをすることが生きがいだと感じさせ、胸をアツくしたゲームを締めくくる作品がこちら!


Z.O.E(ZONE OF THE ENDERS)!
舞台は22世紀の太陽系。
木星の衛星で発見された鉱石「メタトロン」によって技術に革命が起こり、高速機動力と圧倒的な攻撃力を誇る戦闘用機動兵器「オービタルフレーム(OF)」が誕生。
そして偶然にも「ジェフティ」という名のOFに乗り込んでしまった少年、レオ・ステンバックの成長が本作では描かれています。
この作品のなにがアツかったのかと言うと、とにかくジェフティの動きがすごかった!
ソラをハイスピードで縦横無尽に駆け巡るその姿は、ロボットもついにここまで来たかと、ただただ、ジェフティを動かしているだけで楽しかったです。
キャラクターのグラフィックやストーリー、ボリュームはイマイチな部分もあったのですが、しかしこれは続編で全てが覆されます。


そう、ANUBIS(Z.O.E)です!
訳あって前作の主人公レオ・ステンバックによって隠されたジェフティ。
しかし偶然にもそれを発見してしまい、操縦者(フレームランナー)となった元軍人の採掘作業員、ディンゴ・イーグリットが今作の主人公です。
ANUBISではなにが変わったのかというと、ジェフティの動きがさらに美しくなり、キャラクターのデザインがアニメ調になったことでよりいっそう魅力が増しました。
ストーリーも格段にアツくなっているなど、全ての面で前作を上回っていましたね。
いや、ANUBISは素晴らしい作品でした。
ゲームをやめたきっかけとその理由


さて、前置きが非常に長くなってしまいましたが……、私がゲームにハマっていたのはお分かりいただけたと思います。
それでは、ここからが今回の本題です。
私がゲームをやめたきっかけと、その理由をお話ししていきますね。
1. やっていてはいけないと感じた
ここまで見ると、私はただのゲームBOYのように思われてしまいそうです。
が、「文戯両道」とでも言いましょうか。
実は私も若いころは勉学に励んでいた時期があり、高校は進学を前提としたところに通っていました。
受験シーズンになると、周りは鬼のように勉強に打ち込み始めます。
そんな中でも私はゲームを続ける……。
でも、そんなことをしているうちに、「自分はなにかやってはいけないことをしている」と感じるようになってきたのです。
そこで私は、自主的に受験シーズンはゲームはやめようと思い立ち、最低でも半年間はゲームから離れることにしました。
それまでゲームは私の生きがいでしたが、それ以上に、「いまこんなことをしているのはよくない」が勝ったのです。



でも、べつに勉強をするわけでもなかったんですよね
では、その間なにをしていたのか?
というと、べつの研究に没頭し始めたのです。……パチンコ・パチスロです。



どう考えても、そっちのほうがゲームよりもダメな気がするんだが……
私はもう、ギャンブルに依存すべくしてなったのだと思います。
スロットは、ゲームセンターなんかで目押しの練習とかよくやっていましたね。
2. ほかにもっと面白いものを見つけた
しかしその後、なんだかんだ言って私は結局進学することになり、大学生に。
けれどもこのころは、年齢制限もなくなってパチンコにのめり込み、ゲームでは満足できない体となってしまっていました。
「金のかかっていない遊びなんてなにが楽しいの?」状態です。
内容はちょっとあれですが、ゲームよりも楽しいものを見つけた結果、ゲームは暇つぶしでしかなくなってしまったわけです。
XBOX360を途中で購入し、
- 外人とチャットしながらHALOやレインボーシックスなどのFPS
もやっていたのですが、それらはギャンブルから得られるスリルや興奮には遠く及びませんでした。
そして訪れたRROD(レッドリングオブデス)。
恐らくXBOX360ユーザーであれば少なくはない方が体験したであろう、死の赤いリングです。
1発目は修理に出しましたが、2発目で私はもう諦めました。ここに、私のゲーム人生は終わりを告げたのです。
ゲームをやめた結果:やめてよかったと心から思う


そんなわけで、私は以下の理由でゲームを卒業しました。
- ゲームをやっていてはいけないと強く感じた
- ゲームよりも面白いものを見つけた(そのときの内容はどうあれ)
据え置き型のゲームはXBOX360で完全に終了です。
その後、スマホゲーもいくつかやりましたが、それも全てやめました。
スマホゲーは時間指定のイベントなどで夜中・早朝・仕事中でも気になってしまい、生活に悪影響を及ぼし始めたからです。
というか、スマホゲーは単純にやっていて面白くなかったです。基本作業プレイで、面白くてやっているというよりは、義務的にやっている感じでした。その義務感がイヤになってきたのが、スマホゲーをやめたいちばんの理由な気がします。
現在は、ギャンブルもやめられました。
それで、ゲームもパチンコも全てやめた結果どうなったのかと言うと……、自由な時間がものすごく増えて、毎日をイキイキと過ごせるようになったんですよね。
空いた時間になにをしているかというと、今書いているようなブログの運営作業に充てたり、
- 趣味の本を読んだり
- 運動・筋トレをして美味しいお酒・ご飯を食べたり
- スキマ時間に副業バイトをしてお金を稼いだり
と、趣味の時間・有意義な時間に充てています。
ゲームに没頭していたときよりも、やめた今のほうが、あきらかに楽しく毎日は充実しています。



あと、そもそもの話、なぜ私がゲームにハマっていたかというと、「自由に世界を冒険したかったから」なんですよね
その自由な冒険も、ほかでできるということがわかりました。
そう、「現実」という、いま私たちが生きている世界で、です。
自由な冒険は現実でしたほうがもっと楽しかった
ゲームでできる冒険は、現実でしたほうがもっと楽しいとわかりました。
ようは、ゲームをやめて現実世界を全力で生きるほうが、よりスリル・興奮に満ちているという話です。
私の家は親が厳しく、子どものころは全然自由に遊べませんでした。
これがしたい→ダメ、あれがしたい→ダメ、と、したいことの意見はまったく通りませんでした。



だから、自由に世界を冒険できるゲームに「小中高」あたりは熱中していたのですが、これもあとになって気づいたんですよ
現実の世界を自由に冒険することが、自分のほんとうにしたかったことだったんだなあ、と。
私はいつも自由がほしくて、自由を求めてゲームをしていたのだと思います。
ゲームのなかの主人公をあやつれば、いつでもどこにでも行けました。
主人公に自分を投影し、冒険を疑似体験していたわけです(なのでRPGは主人公が喋らないメガテンがとくに好きでした)。
しかし大人になって自立したいま、私は自分の意志でどこへでも行けます。



やりたいと思ったことは、だいたいのことはなんでもできます
そして、海外などリアルの世界を自由に旅してみて、かつてからの願望(自由に冒険したい)は、疑似ではなく真に叶えられたと感じました。
だから私のいちばんの趣味は「海外旅行」なのです。
ゲームは私のなかで、「叶えたいけれど叶えられない願望を疑似的に叶えてくれるもの」でした。
しかしゲームをやめたいま、私は叶えたい願望を、疑似的にではなくリアルに叶えていけるようになっています。



すべてはゲームをやめてリアルに生きた結果といえるだろう
私は世界を冒険するために、日々つぎのようなことをしています。
- 日々「仕事」というモンスター討伐をし、レベルを上げる
- 自分を磨き(武器防具も調達し)、より大きな仕事へ(さらに強い敵との戦いへ)進む
- 疲れたときは趣味・娯楽でリフレッシュし(宿屋に泊まって全回復し)、まだ見ぬ明日を目指す
もちろん、ツラいこともあります。
でも、そういうツラさもあるからこそ、遊んでいるときはゲームなんて比じゃないほどの興奮を味わえています。
なので、またゲームをしたいか? と聞かれれば、その答えは「NO」です。
ゲームに求めていたものは現実世界で得られるとわかり、いまさらゲームをする理由がないからです。



いまは、ゲームは無駄に時間を消費するだけと思ってしまいます
ゲームは……老後になったらやるかもしれません。
まあでも、もうやらないんじゃないかなあ。そのときになってみなければまだわかりませんが。
ゲームをやっていて良かったこと


もっとも、ゲームをやっていて良かったこともあるんですよ。
こうして思い出話ができることです。
人生は、結局のところ「思い出づくり」だと思います。
思い出をつくるために生きているようなもので、
生きているあいだに、どれだけ多くの大切な思い出をつくれるか?
それが、死ぬまでにしていくべきクエストみたいなものだと思っています。
ゲームをしていた経験は、私にとっても大切な思い出です。



ゲームの昔話ができれば楽しいですし、そのときはほんとうに楽しかったからです
ほしくても得られない自由を見せてくれましたし、当時は私の心の支えにもなってくれていました。
その経験があるからこそ、いまの「世界を旅したい」と思う自分がいると思います。
なので、ゲームをやっていた経験は、大切な思い出のひとつで、やっていてよかったと思っています。
しかしそうはいっても、これから再開させる気はありません。
ゲームは私にとってあくまで過去の思い出で、いまはもっと楽しいことを見つけられたからです。
ゲームに求めるものは人それぞれです。
でも、いまこの記事を読んでいるということは、「このままでいいのか?」の迷いがあるのではないでしょうか。
私とおなじように、「こんなことをやっていてはいけない」と、心のどこかで考えているのでは?
だったら、この機にゲームはやめてみてはどうでしょうか?



私とおなじように、「ひとまず半年間だけ離れる」とかでもいいと思います
私がそうだったように、案外スッキリしたり、ほかの楽しみも見つかったりすると思うんですよね。
あなたがほんとうに求めているものは、いったいなんですか?
それが、ゲームをやめることによってハッキリしてきて、リアルの世界で見つかることも大いにあると思いますよ。
今回のまとめ
- ゲームはたしかに面白かったし、当時は私の生きがいだった
- しかしゲームに求めていた願望は、じつは現実の世界にこそあったと私は気づいた
- ゲームは大切な思い出のひとつだけど、またやろうとは思わない
ゲームはたしかに面白いですし、当時は私にとっては生きがいでした。
しかしゲームをやめてから、自分がほんとうはなにをしたかったのかに気づけたように思います。



ゲームをしていたときは、そこまで深く考えることはなかったと思います
なので、あなたがいまゲームをつづけようかやめようか考えているなら、これを機にいちど距離を置いてみるのはいいことだと思います。
そして、自分がゲームになにを求めていたのかを、ゆっくりと考えてみてください。
それが現実世界で叶えられることなら、今後はリアルに生きていったほうがいいと私は思います。



ゲームをやめると決断したなら、売るなどして全部処分したほうがいいぞ
スマホゲーなら、データの削除やアンインストールです。
もったいないとかいろいろとあると思いますが、やめたらスッキリすると思いますよ。
そして距離を置くと熱も冷めるものです。
ゲームは、ないならないでやらなくなるものでもあると思います。
ちょうどいい機会ということで、これを機に、ほかの趣味を探してみてはどうでしょうか?
くり返しますが、ゲームに求めていたものが現実にあるなら、たぶんそっちにハマれると、ゲームをやめた私は思いますよ。






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コメント一覧 (6件)
初めまして。果たして本当に、ゲームで得られるものは無かったのですか?
私は最近、ゲームをやめるかどうかの葛藤に悩まされています。ホモルーデンス「人類は遊びによって進化した」という人間観はご存知でしょうか?
人生のそのものは各個人の潜在的なゲーム「遊び」で成り立っていると私は思います。戦争や美術、エロスまでもが遊び概念で説明できます。
ゲームをやる事自体、自分が夢中になれる文化的理由があったもしくは、人類進化の権化がそこにあったのではないでしょうか?
コメントをどうもありがとうございます。
ホモルーデンスは勉強不足で存じ上げておりませんでした。近々本を読んでみたいと思います、ありがとうございます。
さて、じつは現在、いたらない部分が多いため、すべての記事を最初から書き直している最中であり、見返してみると当記事も後半が雑になっていると感じられ、そこでコメントをくださったと思うのですが、ゲーム(とくに記事前半でご紹介しているものなど)からは得たものはあったと思います。
当時のゲームは映画のように感動的で、人間関係や、生き方に対する考え方など、私の生き方に影響を与えている部分は少なからずあり、当サイトでも好きだったゲームの台詞を引用している部分もあるなど、現在でもゲームは想い出として好きなものではあります。
ただ、現在はゲームをする気はないというのは記事のとおりです。
私にとってのゲームはやはり娯楽であり、私は現在、自身に残された時間を強く意識するようになったため、ゲームにその時間を費やすほどの余裕がないと感じるようになったからです。
とはいえ、おっしゃるとおりで、人間は遊びなくしては生きていくことはできないと思うのですが、結局のところ私がゲームに熱中していたのは、当時はまだ自立していない子どもであって、家から遠くへ行くことができなかったからこそゲームの世界に夢中になっていたのではないかと思っています。
冒険がしたかったのです。それを叶えてくれるのがゲームでした。
しかし現在は、行こうと思えば見知らぬ土地、国、世界へ行くことが私はできるようになったので、バーチャルの世界ではなく、リアルの世界で冒険がしたいと思っているからこそ、ゲームを娯楽として選択しなくなったのだと思います。
ゲームから得られたものはありました。が、今後は、私は現実の世界をこの目で見て、その土地をこの足で踏み、そこからなにかを得たいと思っているのだと思います。
はじめまして。
自分は35歳を過ぎてからゲームにハマってしまいました。
それまでスーパーマリオとかソニックくらいしか知らなかったのですがグランドセフトオートVというゲームを数年前に知って今のゲームの臨場感に衝撃を受け、次にスカイリムをプレイしてその世界観に圧倒され完全に落ちました。
ゲームには生産性が無いことも自覚しているので定期的にソフトを処分しているのですがどうしてもダメで、本体も3回手放してまたやりたくなって買い戻すという愚行をしております。
次世代機は絶対に買わないつもりですが、旧世代機で感動や衝撃を受けたゲーム作品は手元に置いていつでも遊べると自分に言い聞かせて毒抜きをしていくつもりです。出来るかわかりませんが。
はじめまして、コメントをありがとうございます。
私もグランドセフトオートはPS2版の3をプレイしまして、あの自由度は当時にしてはかなり衝撃的だったことを覚えています。スカイリムはプレイしたことがないのですが、開発のベセスダのゲームはフォールアウト3をプレイしました。あれの世界観には引き込まれるものがありました。
さて、本体を手放しては買い戻されているとのことですが、私も10年以上ギャンブルをやめようと思ってはパチンコ店に行き、やめようと思ってはまたパチンコ、というのを延々と繰り返してきたので、その「やめようと思っているのにまたやってしまう」といったお気持ちは理解できる部分があります。
これに対抗する方法はあるのでしょうか。私は長年にわたってそれを模索し続けた結果、新しい趣味を見つけるか、日々目指し続けられる人生の目標を持つか、あるいはその両方か、くらいしかないのではないかといった結論にたどり着きつつあります。
ゲームは新しいものが次々と出てくるので、情報を完全にシャットアウトでもしない限り、これを我慢しようというのはむずかしい話だと思います。しかし、それよりもおもしろい趣味であったり、目指すべき目標があったりすると、そんなことをしている時間はない、と我慢できるようになる、というよりも、やる気にならない、興味がなくなる、といったものに近い心境にいたるようになるのかもしれません。
大事なのは「変化」なのではないかと私は思います。人間は変化しなければ同じことを繰り返すような気がします。内面が変化するからこそ、行動も変化していくのではないかと思うのです。
はじめまして、家電の寿命を検索した事からフライパンの記事!へたどり着き、拝見させて頂きました。ロマサガ、月下の夜想曲、受験期と同じような経緯に思わずコメントしております。
そして、行きついた考えも同じです。
ここから抜け出す?方法は1つで、消費側から創り手に回ることなのですよね。
私にとってゲームはメルカリと同じ、娯楽(消費活動)でした。
読書、ゲームを創る、ダンス、ビジネス、クリエイティブな事に夢中になると、人は喜んで「他の人から見ると苦労ととれる行動」をとれる。その後にワクワク感はあれど罪悪感など微塵もないです。
…ジョブズ氏やゲイツ氏は自分の子にはスマホ禁止にしていたと聞きました。もしかすると、「創作活動」の時間を奪いたくなかったのかもしれません。
あくまで一個人の意見でした。
あ、RPGツクールは例外でした笑
フライパン(笑)の記事はわけのわからないことも多々書いてあったかと思うのですが、それぞれごらんいただきありがとうございます!
シンさんのおっしゃるように、「消費側から創り手に回る」というはガチだと思いますし、それは「やっててよかった」にもできる方法ですよね。
プレイヤーが十数時間でおわるゲームの開発に、数年間を要してでもクリエイターがつくるのもそう。
私は日々せっせと記事を書いたり更新したりしていますが、これもやっぱり、そのほうが楽しいしやりがいを感じるから。
元ギャンブラーで運営側に行った友人がひとりいますが、やっぱりその友人もギャンブルからは足を洗っていましたね。
消費側から創作側へ。
あらためて勉強になりました! コメントしていただきありがとうございました!