バーテンという言葉がよしとされない理由は、その言葉が生まれた背景と、バーテンダーの暗黒時代にあったと思われます。
- バーテンという言葉を使うのが良しとされない理由
- バーテンとバーテンダーの違い&バーテンダーは何と呼べばいいか?
バーテンダーに対して、「おい、バーテン、酒だ」といったセリフは、ドラマや漫画などで聞いたことがあるかもしれません。
ミナトしかしこの「バーテン」という言葉は、使用するのは失礼なものとされています
「バーテン」は、バーテンダーという職業に対しての差別的な意味合いを持つ略称で、差別用語・蔑称(べっしょう)という認識もあるからです。
つまり、バーテンとバーテンダーの違いは、
- バーテン(=バーテンダーという職業名を略した呼び方、使用に問題がある場合も)
- バーテンダー(=正式名称、使用に問題はない)
ということになるのですが、それでは、なぜこのバーテンという言葉はタブーのごとくあつかわれたりもするのでしょうか?
その答えは、バー(バーテンダー)の負の歴史に関係があると考えられています。
この記事では、日本のバー業界の歴史をふりかえりながら、
「バーテンとはなにか。どのような意味があり、なぜその言葉が生まれたのか。そして、その言葉を口にしないほうがいい理由とはなんなのか?」
ということを解説していきます。


ミナト
元バーテンダー。現在は兼業ブロガーとして活動中。夢は海外放浪の旅にでること、自分のお店をつくること。ブログを通してひとりでも多くの方のお役に立ちたいと思っています。当ブログのコンセプトは「24時間営業の人生の休憩所」。>> プロフィール詳細はこちら
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バーテンダーの意味と日本人向けのバー


まずはバーテンダーという言葉の意味と、日本人向けのバーの歴史から見ていきます。
バーの歴史についてよりくわしく知りたいときは、以下の記事もあわせてチェックしてみてください。
酒を商品として提供し、その場で客に飲ませる飲食店舗。



つまり酒場のことですね
これをバー(Bar)と呼ぶようになったのは、アメリカが起源と考えられています。
バーという言葉が広く使われるようになったのは、1830~1850年代にかけてだといわれています。
そのような酒場が誕生するなかで、
- 「Bar(バー)」に「Tender(やさしい、世話をする人)」という意味の言葉が合わさり
- 「酒場の責任者」「酒場で客の世話をする人」といった意味合いを持つようになった
という言葉が、「バーテンダー」です。
日本で初となるバーが誕生したのは、1860年の横浜でした。
つまり、バーという酒場と、バーテンダーという言葉は海外から入ってきたものです。
当初は貿易の中心となった港街を中心に、おもに外国人を対象としてバーは発展していきました。
一方、日本人向けのバーは1900年代に入ってから誕生します。
当初は日本人向けのバーというと、「女給」という女性給仕人によるサービスのある店、「カフェー」という名前で発展をとげていきます。
カフェーとは、「洋酒・コーヒー・洋食」をそろえた喫茶店のようなところです。
もともとは、酒や料理と、ウェイトレスの役割をになっていた女給の若さや美しさを売りにする飲食店でした。
つまり日本人向けのバーというと、当時はこのカフェーのことをいったのです。
カフェー(=バー)が風俗営業化したワケ


日本人向けのバーは、当初は、女給がウェイトレスをしてくれる喫茶店「カフェー」でした。
ところが、その営業スタイルは、1923年に起きた関東大震災後に一変します。
なんと性的な要素、ようするに「エロ」の要素を持ちはじめるようになったのです。
そして、このカフェーの風俗営業化の歴史に、「バーテン」という言葉の使用はよくないとする理由があります。



カフェー(=日本人向けのバー)では一体なにがあったんだ?
そして、当時のバーテンダーは、そこでどのような仕事をしていたのか?
まずはカフェー(バー)がエロ化した理由と流れを、順を追って見ていきましょう。
なお「女給」という言葉も、使用するには注意が必要な言葉です。『記者ハンドブック』では、差別語・不快用語の「歴史的記述」に分類され、過去の劣悪な労働環境やその時代を示すため必要な場合以外は、言い換えるものとしています。
1. 競合店の続出


(改修後のカフェータイガー/出典:Wikimedia Commons/Cafe Tiger)
もともとカフェーは、女給の若さや美しさを売りにする程度の飲食店でした。
そんなカフェーの「エロ化」を招いたのは、第一に、競合店の続出がかかわっていました。
震災後、銀座には「カフェー・タイガー」がオープンします。
カフェー・タイガーでは、女給が客の席につき、密着度の高いサービスを開始。
すると、それが人気を博し、女給はウェイトレスではなくホステスのような役割に変化していきました。
また時を同じくして、同業者が増え、女給の数も急激に増加していったといいます。
これにより、カフェー同士の競争をも生み出しました。



もちろん、すべての店舗がそうだったわけではなかったようです
が、このときすでにカフェーは、現在でいうところのクラブやキャバクラと化していたといいます。
エロをにおわせるサービスがあたっている競合店を出し抜くにはどうすればいいか。
「さらにそのサービスを濃くすればいい」と、考えるのは当然のことでしょう。
カフェー間の競争はその後、女給のサービスの過激化、つまりエロ化を加速させていきます。
女給同士の争いをも生み出すようになっていったのです。



ちなみに、夜の街で働く女性を「夜の蝶」と呼ぶのは、もともとの女給の後ろ姿からきているんだ
女給の服装が和服に白エプロン、ひもを後ろで蝶結びという格好で、後ろから見ると蝶が舞っているように見えたからです。次に参考画像も。
2. 女給の給料制度の問題


(カフェータイガーと女給 ※円内/出典:Wikipedia Commons/Cafe Tiger at Ginza)
ライバル店の続出で競争を強いられるカフェー。
そんなカフェーのエロ化を招いたのは、第二に、女給の給料制度にも問題がありました。
当時、女給の給料は、店側から一定の金額が支払われる「固定給」が主流ではありませんでした。



「客からのチップが主な収入源」となっていたんです
したがって、チップをもらえなければ、女給は生活していくことができません。
さらにいえば、チップをもらえなければ、働く意味がなかったのです。
急激に増えていくライバルに勝ってチップを得るには……?
そのためには、サービスを濃くすることがいちばん手っ取り早い方法であったことはいうまでもありません。
女給同士の競争は、女給個人のサービスの過激化を招きました。
なお、カフェー・タイガーでは、
- ビールについてくる投票券で、客がお気に入りの女給に票を入れることができる
という「投票システム」が存在していたといいます。
このときから、女給の人気争い(誰が生き残れるか)は始まっていたのでしょう。
そしてこのような競争は、女給のサービスを、よりダイレクトな方向へと向かわせることとなっていったのです。
3. 大阪勢の東京進出と世界恐慌


(大暴落後のウォール街/出典:Wikimedia Commons/Crowd outside nyse)
カフェーは時代の流れとともにサービスが過激化していきます。
その流れに拍車をかけることとなったのが、大阪カフェーの東京進出でした。
大阪のカフェーは、もともと東京よりもエロ色が強かったといいます。



いうなれば「エロ・グロ」といったものだったそうだな
激化するサービスの潮流に乗った大阪勢の東京出店……。
これにより、またたく間に銀座は、大阪の大型(エロ)カフェーに占拠されてしまったのです。
もちろん、東京のカフェーも、そこで指をくわえて見ていただけではないでしょう。
大阪勢に対抗すべく、ここでもサービスの過熱は必至となりました。



また、それに加えて、この混沌とした状況に追い打ちをかけたのが……、
1929年にアメリカで起きた「世界恐慌」でした。
ウォール街にあるニューヨーク株式市場の大暴落を皮切りに始まった世界恐慌。
「暗黒の木曜日」としても知られる史上最大規模の恐慌(景気の後退)で、世界中を巻き込み、深刻で長期的な不況を各国にもたらしました。
当然ながらその影響は日本にも及びます。
日本では1930年から「昭和恐慌」が発生。
日本経済も危機的な状況におちいってしまったのです。
そして、この不況がカフェーになにをもたらしたのかというと、客から渡される女給へのチップが減るという事態でした。
チップが減るということは、女給の生活が苦しくなるということ。
すなわちそれは、女給にとっては死活問題で、ついに女給のサービスは一線を越えます。



不況以前からも、じつはコッソリおこなわれていたようだったんだが……、
店外で、あるいは店内で、「エロではなくモロ」な(性的)サービスがおこなわれるようにもなってしまったのです。
こうなってしまってはもう収拾がつきません。
バー(カフェー)を取り巻く環境は混迷を極め、完全な無法地帯と化してしまいました。
そして、かねてからカフェーの実態を問題視していた警察も動きだす事態に発展します。
こうして1933年には、多くのカフェーはバーでも喫茶店でもなく、特殊喫茶(風俗営業)として警察の管轄下に置かれることとなったのです。



これが、カフェー(=日本人向けのバー)が風俗営業化した歴史となっているぞ
バーテンという言葉の意味とそれが生まれた背景


戦前(第二次世界大戦前)のバーといえば、このカフェーが日本人向けのバーにあたります。
では、そのころ街の大多数のバーテンダーはなにをしていたのか?
というと、やはりカフェーで働いていました。
戦前のバー(カフェー)は無秩序なところも多かったといいます。
そのカオスな空間で働くバーテンダーは、酒場の責任者とはほど遠い、「脇役」として働いていました。



加えて、営業の内容も内容です
あくまで場所による話ですが、知識や技術もさほど必要はなく、やろうと思えばだれにでもできた仕事でもあったのかもしれません。
そのため、当時の街のバーテンダーの社会的な立場は低く、社会的に見下されていた部分もあったことは想像にかたくありません。
また、そのような社会的な立場、見通しが立たないという境遇も影響していたものと思われます。
バーテンダーのなかには店を転々とし、自堕落で不真面目な生活を送っていた者もすくなくはなかったとも聞きます。
よって、つぎのような時代背景と理由から、
- バーテンダーの社会的な立場(風俗化したカフェーの裏方)
- バーテンダーの素行の悪さ
いつしかバーテンダーは、さげすみをふくんだ略称で呼ばれることにもなったのではないでしょうか。
「バーテン」という言葉が生まれたのには、そのような背景もあると考えられます。
なお1930年出版の『モダン用語辞典』には、バーテンダーを略した「バーテン」という項目があります。
この時期はまさにカフェーが混迷をきわめた時代と一致しています。
すくなくともこのカフェー混迷期には、バーテンという略称が使われはじめていたことはまちがいありません。



職業名を親しみを込めた意味で略すことはたしかにあります
しかしこのバーテンという略称の場合は、敬意を払ったり、親しみを込めた言葉ではないように私は思います。
そういった、バーが風俗営業化した時代背景があるので、バーテンダーを「バーテン」と略すのはよくないとされているのです。
瘋癲(フーテン)とかけたとする説もある


バーテンという略称が1930年にはすでに使われていたのはほぼまちがいありません。
また、バーテンダーという職業名を、「瘋癲(フーテン)」という言葉とかけて略した「バーテン」とする説もあります。
瘋癲(フーテン)とは、もともとは精神に異常をきたした状態、またはその人を意味する言葉でした。
ところが、つぎのことから、
- 1960年代後半に新宿に出現した、なにをするでもなくたむろしている若者たちを「フーテン族」とよんだ
- 同時期に放送された『男はつらいよ』の主人公「フーテンの寅さん」が、ぶらぶらしているプータロー(定職に就かない日雇い労働者)のような人物だった
「フーテン=定まった仕事に就かずにぶらぶらと生活している人」という意味を持つようにもなった言葉です。
実際、1970年前後のバー事情を知る人からは、つぎのような話も聞いたことがあります。
「当時のバーテンダーは、いつのまにか店からいなくなっていたりする(突然バックレる)のもよく聞く話だった。現在はそんなイメージはないけど、当時はいい印象はなかったよ。というか悪い印象だったね」
そういったことから考えるに、
- バーテンダーを、ぶらぶらしているプータローのような人間を意味する「フーテン」とかけて「バーテン」
とする説は、あながちまちがいではないかもしれません。



1970年前後は、そのような意味合いで使われていた例も実際あったんじゃないかなと思います
もしくは、もともとあった良くない意味のバーテンの略称に、さらに悪い意味が加わったものと考えることもできます。
いずれにせよ、バーテンという言葉は、使用しないに越したことはないものです。
歴史的な背景から見ても、口にするのは控えたほうがいいものとされています。
バーテンダーの呼び方はどうすればいいのか?


バーテンという略称は、かつて存在したバーテンダー不遇の時代に生まれたものと思われます。
その背景から、差別的な意味合いを持つ言葉としても考えられています。
ただ単純に略しただけ、とするとらえ方もありますが、使用するのは控えるに越したことはありません。
それでは、バーテンダーのことは、なんと呼べばいいのか?



たしかになあ。「バーテンダーさん」というは、ちょっと長いと感じるもんなあ
これに関しては、お店にバーテンダーが1人しかいなければ、とりあえず「マスター」といっておけばまちがいはありません。
バーテンダーが本来の意味であるマスター(店主)ではなかったとしても、その日は、そのバーテンダーが酒場の責任者ですからね。
バーテンダーが2人以上いる場合や、なんと呼べばいいかわからない場合は、それをバーテンダーに聞いてみましょう。
よほどのことがないかぎり名前くらいは教えてくれると思います。
「○○さん」と、名前で呼ぶのは全然ふつうのことなので、本人に聞いてみるのがいいと思いますよ。



また、こういった背景を知らずに、これまでバーテンダーを「バーテンさん」と呼ばれていたこともあると思います
でも、そこに悪気や悪意がなければ、そんなことくらいバーテンダーもわかります。
なので、いままで失礼だったな、なんてことは、変に気にする必要はないと思います。
そんなわけで、言葉の生い立ちに負のイメージがある以上、「バーテン」の使用はひかえるに越したことはありません。
これまでバーテンさんという呼び方をされていた場合は、これを機に、べつの呼び方に変えてみるのがいいと思いますよ。
今回のまとめ
- 日本のバー(カフェー)には暗黒時代があった
- バーテンという言葉には差別的な意味合いがあるとする考えがある
- 呼び方がわからなければとりあえずマスターといっておけばOK
「バーテン」は「バーテンダー」の職業名を略したものです。
その言葉が生まれたと考えられる背景や説から、使用するのは基本的によくないとされているものです。
「失礼・差別用語」と取られる危険性もあるので、使うのは避けたほうがいいでしょう。



ちなみに、本記事のとおりで、かつてのバー業界にはイメージの悪かった時代もありました
しかし先人が、つぎのことを目指し、
- バーテンダーの地位向上
- 負のイメージの払拭
血のにじむような努力をしてきたからこそ、本格バーの時代が幕を開け、現在にいたっています。
今回の内容はいわば、バー業界の闇の部分にのみ焦点をあてています。
なので、このような話となりましたが、すべてのバーテンダーがそうだったということはけっしてありません。
- ホテルバー
- 乱れたサービスはないような店舗
- 文豪が集まったような名店
など、本格派のバーテンダーが日本にも数多く存在していたこともたしかです。
よって、これが日本のバーテンダーの歴史のすべてだと勘違いはされないよう、ご注意いただければさいわいです。
なお、新聞記事の作成の指標を示した『記者ハンドブック』でも、「バーテン」はつぎのように書かれています。
特定の職業(職種)を見下したような表現は使わない。インタビューや談話などで当事者が意識的に使った場合はそのまま書き、なぜそのように表現するのかが読者に伝わるようにする。
そういったことからも、バーテンという略称の使用は、やはりひかえたほうがいいでしょう。



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コメント一覧 (2件)
バーデンのウンチクだけど、何十年も前からそう呼ばれてるし差別的な意味合いはないのにあえてそういうことにしたい奴っているよね。
これは時代なのかなと思います。
ちょっと言い訳になってしまいますが、この記事を書いたのはかなり前のことなので、いま自分で見ても偏りがあるなと感じます。
ただ一部ではそういった(差別的な)見方もあったのかもしれませんし、そういった時代背景などがあるからこそ、現在は使うのがあまりよくないとされるようになってきているとは感じます。