【禁句】バーテンとバーテンダーの違いをその言葉が生まれた背景から解説

バーテンという言葉がよしとされない理由、それは、その言葉が生まれた背景と、バーテンダーの暗黒時代にありました。

バーテンダーに対して、「おい、バーテン、酒だ」といったようなセリフは、どこかで聞いたことがある方も多いかもしれません。

しかしこの「バーテン」という言葉は、バーテンダーという職業に対する、侮蔑的で差別的な意味合いを持つ略称であって、蔑称や差別用語でもあり、使用するのはあまりよくないともされています。

つまり、結論から先にいうと、バーテンとバーテンダーの違いは、前者はバーテンダーという職業名を略した呼び方で、後者は正式名称、ということになるのですが、それではなぜ、このバーテンという言葉は、ここまでタブーのごとく扱われたりもしているのでしょうか?

その答えを知るには、またしてもバー(バーテンダー)の歴史が関わっていると私は考えています。今回はそういった時代背景を振り返りながら、バーテンという言葉が生まれた理由、そして、その言葉を口にしないほうがいいわけを見ていきましょう。

バーテンダーの意味と日本のバーの変化

酒を商品として提供し、その場で客に飲ませる飲食店舗、つまり酒場のことを「バー(Bar)」という言葉で呼ぶようになったのは、アメリカが起源と考えられ、バーという言葉が広く使われるようになったのは、1830~1850年代にかけてだといわれています。

そのような酒場が誕生するなかで、「Bar(バー)」という言葉に「Tender(やさしい、世話をする人)」という意味の言葉が合わさり、「酒場の責任者」「酒場で客の世話をする人」といった意味合いを持つようになったのが「バーテンダー」という言葉です。

日本で初となるバーが誕生したのは、1860年の横浜。つまり、バーという酒場と、バーテンダーという言葉は海外から入ってきたもので、当初は貿易の中心となった港街を中心に、おもに外国人を対象としてバーは発展していきました。

一方、日本人向けのバーは1900年代に入ってから誕生するのですが、当初は日本人向けのバーというと、「女給」という女性給仕人によるサービスのある店、「カフェー」という名前で発展を遂げていきます。

カフェーとは、洋酒、コーヒー、洋食をそろえた喫茶店のようなところで、当初は酒や料理と、ウェイトレスの役割を担っていた女給の若さや、美しさを売りにする飲食店でした。

ところが、その営業スタイルは、1923年に起きた関東大震災後に一変。性的な要素、ようするに「エロ」の要素を持ち始めるようになったのです。

1. 競合店の続出

カフェーの「エロ化」を招いたのは、第一に、競合店の続出が関わっていました。

震災後、銀座にオープンした「カフェー・タイガー」では、女給が客の席につき、密着度の高いサービスを開始すると、それが人気を博し、女給はウェイトレスではなくホステスのような役割に変化。

時を同じくして、同業者・女給の数は急激に増加していき、カフェー同士の競争を生み出しました。

もちろん、すべての店舗がそうだったわけではなかったようですが、このときすでにカフェーは、現在でいうところのクラブやキャバクラと化していたといいます。

エロをにおわせるサービスがあたっている競合店を出し抜くには、さらにそのサービスを濃くすればいいと考えるのは当然のことでしょう。

カフェー間の競争はその後、女給のサービスの過激化、つまりエロ化を加速させ、女給同士の争いを生み出すようになっていきました。

イブスター店長
イブスター店長

夜の街で働く女性を「夜の蝶」と呼ぶのは、もともとの女給の後ろ姿からきているらしい(続く)

2. 女給の給料制度

カフェーのエロ化を招いたのは、第二に、女給の給料制度にも問題がありました。

当時、女給の給料は、店側から一定の金額が支払われる「固定給」が主流ではなく、客からのチップが主な収入源となっていました。したがって、チップをもらえなければ女給は生活していくことができず、さらにいえば、チップをもらえなければ働く意味がなかったのです。

カフェー・タイガーでは、ビールについてくる投票券で、客がお気に入りの女給に票を入れることができるシステムが存在したといいます。このときから女給の人気争いは始まっていたのでしょう。

急激に増えていくライバルに勝ってチップを得る。そのためには、やはりこちらもサービスを濃くすることがいちばん手っ取り早い方法であったことはいうまでもありません。女給同士の競争は、女給個人のサービスの過激化を招きました。

そしてそれは、女給のサービスをよりダイレクトな方向へと向かわせることとなっていったのです。

イブスター店長
イブスター店長

(続き)女給の服装が和服に白エプロン、ひもを後ろで蝶結びという格好で、後ろから見ると蝶が舞っているように見えたんだ

3. 大阪勢の東京進出と世界恐慌

カフェーは時代の流れとともにサービスが過激化していくこととなりましたが、その流れに拍車をかけることとなったのが、大阪カフェーの東京進出でした。

大阪のカフェーはもともと東京よりもエロ色が強く、それは、いうなれば「エロ・グロ」といったもので、激化するサービスの潮流に乗った大阪勢の東京出店により、またたく間に銀座は大阪の大型カフェーに占拠されてしまったのです。

もちろん、東京のカフェーもそこで指をくわえて見ていただけではないでしょう。大阪勢に対抗すべく、ここでもサービスの過熱は必至となりました。

また、それに加えて、この混沌とした状況に追い打ちをかけたのが、1929年にアメリカで起きた「世界恐慌」でした。

ウォール街にあるニューヨーク株式市場の大暴落を皮切りに始まった世界恐慌は、「暗黒の木曜日」としても知られる史上最大規模の恐慌で、世界中を巻き込み、深刻で長期的な不況を各国にもたらしました。

当然ながらその影響は日本にも及び、日本では1930年から「昭和恐慌」が発生。日本経済も危機的な状況におちいってしまったのです。

では、この不況がカフェーになにをもたらしたのかというと、客から渡される女給へのチップが減ったのです。

チップが減るということは女給の生活が苦しくなること。すなわちそれは、女給にとって死活問題となることですから、ついに女給のサービスは一線を越えます。不況以前からもおこなわれてはいたようですが、店外で、あるいは店内で、「エロ」ではなく「モロ」なサービスがおこなわれるようになってしまったのです。

こうなってしまってはもう収拾がつきません。バー(カフェー)を取り巻く環境は混迷を極め、完全な無法地帯と化してしまい、かねてからカフェーの実態を問題視していた警察も動きだす事態に発展。

こうして1933年には、多くのカフェーはバーでも喫茶店でもなく、特殊喫茶(風俗営業)として警察の管轄下に置かれることとなったのです。

バーテンという言葉が生まれた背景

戦前(第二次世界大戦前)のバーといえばこのカフェーが日本人向けのバーにあたるわけですが、そのころ街のバーテンダーはなにをしていたのかというと、カフェーで働いていたりもしました。

このとおり、戦前のバー(カフェー)は無秩序なところも多く、そのカオスな空間で働くバーテンダーは脇役として働いていたのです。加えて、営業の内容も内容ですから、知識や技術もさほど必要はなく、やろうと思えば誰にでもできた仕事でもあったのかもしれません。

そのため、当時の街のバーテンダーの社会的な立場は低く、社会的に見下されていた部分もあったことは想像に難くありません。

また、そのような社会的な立場、見通しが立たないという境遇も影響していたものと思われますが、バーテンダーのなかには店を転々とし、自堕落で不真面目な生活を送っていた者も少なくはなかったとも聞きます。

よって、そういったことから、このようなバーテンダーの社会的な立場、そしてバーテンダーの素行の悪さもあり、いつしかバーテンダーはさげすみを含んだ略称で呼ばれることとなり、「バーテン」という言葉が生まれたのでしょう。

1930年出版の『モダン用語辞典』には(実物はまだ確認できていないのですが)、バーテンダーを略した「バーテン」という項目があり、この時期はまさにカフェーが混迷を極めた時代と一致していることから、少なくともこのカフェー混迷期から、バーテンという略称が使われていたことは間違いないと思われます。

職業名を親しみを込めた意味で略すことはたしかにありますが、このバーテンという略称の場合は、敬意を払ったり、親しみを込めた言葉ではないことはあきらかなことでしょう。

瘋癲(フーテン)とかけたとする説もある

バーテンという略称が1930年にはすでに使われていたことはほぼ間違いないと思われますが、バーテンダーという職業名を、瘋癲(フーテン)という言葉とかけて略したバーテンとする説もあります。

瘋癲(フーテン)とは、もともとは精神に異常をきたした状態、またはその人を意味する言葉でした。

ところが、1960年代後半に新宿に出現した、なにをするでもなくたむろしている若者たちを「フーテン族」と呼び、同時期に放送された『男はつらいよ』の主人公「フーテンの寅さん」が、ぶらぶらしているプータロー(定職に就かない日雇い労働者)のような人物だったことなどから、定まった仕事に就かずにぶらぶらと生活している人という意味を持つようにもなった言葉です。

実際、1970年前後のバー事情を知る人からは、当時のバーテンダーはいつのまにか店からいなくなっていたりする(突然バックレる)こともよく聞く話で、現在はそんなイメージはないが、当時はいい印象はなかった、というか悪い印象だった、という話も聞いたことがあります。

そういったことから考えるに、ぶらぶらしているプータローのような人間を意味する「フーテン」とかけたとする説はあながち間違いではないと思われますが、これはおそらく、もともとあったさげすみを含んだバーテンの略称に、さらに悪い意味が加わったものと考えるのが妥当だと私は思います。

いずれにせよ、バーテンという言葉にいい意味がないことは、ほぼ明白なことでしょう。

それではバーテンダーはなんと呼べばいいのか

バーテンという略称は、かつて存在したバーテンダー不遇の時代に、差別的な意味合いを持つ言葉として生まれたものと思われます。

それでは、バーテンダーのことはなんと呼べばいいのか? ということが今度は気になってきます。バーテンダーさんというは、ちょっと長いと感じる方も多いと思いますから。

これに関しては、店にバーテンダーが1人しかいなければ、とりあえず「マスター」といっておけば間違いはありません。バーテンダーが本来の意味であるマスター(店主)ではなかったとしても、その日はそのバーテンダーが酒場の責任者ですからね。

また、バーテンダーが2人以上いる場合や、なんと呼べばいいかわからない場合は、それをバーテンダーに尋ねれば、よほどのことがないかぎり名前くらいは教えてくれると思うので、本人に聞けば大丈夫だと思いますよ。

こういった背景を知らずに、これまでバーテンダーを「バーテンさん」と呼ばれていた方もいらっしゃるとは思うのですが、悪意がなければ、それはバーテンダーもわかることなので、いままで失礼だったな、などということは変に気にする必要はないと思います。

しかしながら、やはり言葉の生い立ち上、使用は控えるに越したことはないので、いままでバーテンさんという呼び方をされていた場合は、別の呼び方に変えてみるといいと思いますよ。

今回のまとめ

・日本のバー(カフェー)には暗黒時代があった
・バーテンという言葉には差別的な意味合いがあると考えられる
・呼び方がわからなければとりあえずマスターといっておけばOK

かつてはイメージが悪かった時代もあったバー業界も、先人がバーテンダーの地位の向上や、負のイメージの払拭などを目指し、血のにじむような努力をしてきたからこそ本格バーの時代が幕を開け、現在にいたっています。

今回の内容はいわば、バーテンダーの闇の部分にのみ焦点をあてているため、すべてのバーテンダーがそうだったということはけっしてありません。ホテルバーや、乱れたサービスはないような店舗には、本格派のバーテンダーも数多く存在したことも確かです。

よって、これが日本のバーテンダーの歴史のすべてだと勘違いはされないよう、ご注意いただければ幸いです。

なお、新聞記事の作成の指標を示した『記者ハンドブック』でも、バーテンという略称は控え、女給という言葉も、過去の劣悪な労働環境や、その時代を示すために必要な場合以外は使用しないことと記されています。

とくにバーテンという略称の使用は、やはり控えたほうがいいでしょう。

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