初恋の人が夢に出てきてもその人が今何をしているかは調べないほうがいい

過去の恋愛は掘り起こさないほうが身のため。不可抗力でそうなってしまっても深追いはしない。これが鉄則なのでしょう。

人はつらいことがあったとき、それをだれかに話す、つまりため込むのではなく吐き出すことで、そのつらさから逃れることができますが、この現象の本質的な部分というのは、もしかすると、「人に聞いてもらう」にあるのではなく「吐き出す」のほうにこそあるのではないか、とも私は思います。

そして、その考えにもとづき、私はここで、あるできごとをお話ししなければなりません。

初恋の人が夢に出る、その人が夢に出てくることがあったとしても、そのことについてはいっさい追求してはいけない。その人がいまなにをしているかなんてことは、まちがってもしらべてはいけない。それがわかったということです。

なぜなら、知らなくてもよかったよけいなことを知ってしまい、心の平和、精神の安寧が、いちじるしくおびやかされてしまうことがあるから……

夢に出た彼女は「あの場所」で会おうといった

これまで見た記憶はすくなくともない、パーティ会場のような場所。比較的若い男性と女性が、きちんとした格好で、まばらではあるもののそこにいて、しかし見知った顔はひとりとして存在せず、私はその会場でグラスを片手に、ひとり突っ立っていました。

なにやら婚活的な気配を感じます。こんなところで自分はいったいなにをしているのか? まずはそのことに理解が追いつかなかったのですが、それに追い打ちをかけたのは、うしろから私の肩を手でぽんぽんと叩き、私の名前を呼んだ、ひとりの女性でした。

初恋相手
ハルカさん

あれ! こんなところでなにしてるの?

それは、私がティーンエイジャーというより小学生のころに恋心をいだいていた、ハルカさん(仮名)でした。見ないうちに大人になっていたのは、おそらく私の脳が勝手に、時間の経過による成長を補完していたのでしょう。

それよりも、あなたこそ、こんなところでなにをしているのですか……

初恋相手
ハルカさん

ひさしぶりだね~。そうだ! 今度どこかで会おうよ。場所は……う~ん、あそこがいいかな

初恋相手
ハルカさん

ほら、あそこ……「あの場所」で…………

初恋相手
ハルカさん

…………(ブツッ)

……いや、あの場所ってどこですか!?

そこで映像は途切れてしまい、私は現実に引きもどされました。

伝道師とかいっているからこうなる

気分は、あまりいいものではありませんでした。眠っていた過去のことが掘り起こされると、たいていはなにかしらの精神的なダメージを負うからです。

そもそも、どうしていまさらこんな夢を見たのでしょう? いや、あれだ……。私には思いあたるふしがありました。

直近で書いた記事で、恋活の伝道師がどうだとか、マッチングアプリがこうだとか、「結婚・恋愛」に関する話題にふれていて、しかもそんなことはわざわざいわなくてもよかったというのに、過去に出会い系サイトでぼられたとかいう、よけいな話までしてしまったせいで、「マッチングアプリ×10代のころの記憶」という構図がまずは完成。

マッチングアプリから連想される「結婚・婚活」という言葉が脳内にパーティ会場を用意し、さらには昔の記憶のなかから恋愛関係の記憶を引っ張り上げ、婚活会場で初恋の人と出会う、などという、非現実的な映像を、脳が私に見せたのです。

ただ、そういうこともあるでしょう。しょせんは夢物語の話です。それで終わり。わけのわからない夢だったな、で終わる……はずでした。

私は、なぜかこのことが、変に気になってきてしまったのです。

次々と判明していく衝撃の事実に震える

ふだんからSNSなどは使用していない私は、友人がいまなにをしているのか、あの人はいまどこにいるのか、などのことをしらべることはいっさいなく、なにかの拍子に気になってしまうことがあったとしても、ほんとうに気になるのであれば、本人に直接聞けばいいと思っているので、今回の件もこれで終わるはずでした。

しかしながら、今回は相手が相手。

すでに結婚して幸せな家庭を築いていることと思いますし、そうでなかったとしても、なにかをする気は断じてなかったことは、さきにおことわりしておきたいのですが、どうもこれまでの「気になる」とはレベルがちがい、この件による精神状態の錯乱を落ち着かせるため、私はこれ(なにをしているか)をしらべなくてはならないような気がしてきたのです。

なんとなく確認しておくくらいであれば、ばちはあたらないだろう……

私は某SNSで彼女の名前を検索。すると、すでに名字は変わっていたものの、本人とおぼしきアカウントがヒットします。

表示されていたのは、基本的なプロフィールのみ。

ところが、そこで私は、見てはいけないものを見てしまいました。なんと、彼女とは、出身高校が一緒だったのです。

いつも近くにいた、けれど接点はなかった

「出身高校:〇〇高校」

うそだろ? そうだったっけ……? SNSのアカウントを見るに、どうやら相手とは、3年間同じ高校にかよっていたらしいのです。が、そのあいだに話した記憶はありません。

クラスが一緒にならなかったというのもあったのかもしれませんが、そうはいっても、同じ高校にかよっていれば、どこかで顔をあわすことだってあったというものでしょう。

これは、なにかのまちがいではないのか?

私は、捨てられずにしまっておいた卒業アルバムなるものを棚から引っ張り出し、卒業生をながめていきます。すると、いました。ハルカさんは、たしかに同じ高校に在籍し、同じ年に卒業していた。彼女は、まぎれもなくそこにいたのです。

私はSNSのアカウントをもういちど確認します。

「出身大学:〇〇大学」

うそだろ……!?

なんと、彼女の出身大学は、私が受験のために出てきた東京で、今後の生活拠点から近かったということで入学を希望、しかし試験当日に大人の行列を発見し、なんなのか気になって見に行ったところ、それがパチンコ店への並びであると知って衝撃を受け、さらには怒りもおぼえ、結局は試験にも落ちた大学だったのです!

小中高と同じで、じつは東京に出てきてからもわりと近かった。けれど、小学校からの接点は記憶にない。

なんだこれは。いや、そうだ、あれのせいだ……。私の記憶は、さらに過去へとさかのぼっていきます。

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だから小学生男子はガキだといわれる

ハルカさんと出会ったのは、小学校の低~中学年のころ。ひと目見たとき、こんなにもきれいな人がいるんだなあと目を奪われ、そのときから、恋心をいだいていたように思います。

しかし彼女は、私にとっては高嶺の花のような存在。たまたま席が近かったことから話せる機会も多く、他愛のない話でふたりして盛り上がれる。それだけで私は満足していました。

それ以上の関係を望むというのはおこがましいにもほどがある。ハルカさんと話せるだけで名誉なことだと思え!

ただ、私は、さらにお近づきになりたかったのかもしれません。ある日、私は、相手がムッとするような、デリカシーがないことをわざと聞こえるようにいって気を引こうとするという、暴挙に出てしまったのです。

ハルカさんに反応はありませんでしたが、おそらく聞こえていたことでしょう。けれども、大人だった彼女は、それからもあいかわらずの対応をしてくれ、なにも変わらない日々がつづいていきました。

その後になって私は、そのときのことを、彼女に謝らないといけないと感じるようになります。しかし、そうはいっても無礼なことだったので、話の糸口を見つけることがなかなかできず、時間だけが過ぎていき、結局は謝れずじまい。高学年に上がるさいのクラス替えとともに、この初恋も散っていったのでした。

そういったわだかまり、自分のなかで負い目に感じていることがあったからこそ、私は彼女のことをずっと避けていたのかもしれません。彼女も彼女で、それに気づいていたか、あるいはそのときのことで怒っていて、同じく私を避けていたのかもしれません。

だから、私には彼女とそれからの接点がなかった。だからこそ、男子小学生はガキだといわれてしまう。

とはいえ、いまさらそのときのことを掘り返すわけにはいきませんし、私にできることといえば、もうこの場を借りて謝罪の言葉を残し、彼女の幸せを願うことぐらいしかできません。

ハルカさん、あのときはほんとうにすみませんでした。どうか慈悲深いお心で、ガキだったころの私をお許しください。新しく築かれたご家庭で、ご家族の皆さんと、末永くお幸せにお過ごしください……

そして私は、ひとり頭をかかえたのです。

今回のまとめ

・初恋の思い出を掘り返してはいけない
・相手のことをしらべても得られるものはなにもない
・けっして振り返るな、前だけを見て進め

なぜ私は彼女のことをしらべてしまったのか。それは、いまさら考えてもしかたがないことなのでもういいのですが、やはり、過去の恋愛関係の話を掘り起こしても、いいことなど基本的にはなにもない、ということが今回で判明したように思います。

過去の記憶というのは消せるものではないので、なんらかのできごとがトリガーとなって、その封印を解いてしまうことも生きていればあるでしょう。ただ、それをしらべたところで、自分がダメージを負って終わるか、場合によっては相手までもがそうなってしまうだけなのではないかと思うのです。

過去をふりかえり、反省することは大事なことだと思いますが、それをすることで、ただただ悔やんでしまい、精神状態の悪化を招くだけとなってしまうのであれば、過去はふりかえらず、ひたすら前を見て進んでいくしかないのではないでしょうか?

生きよう。この苦しみを原動力に変えよう。私は前に進みたいと思います。

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