うさぎを飼い始めたきっかけは、じつは里親として引き取ったからだった

当ブログでも活躍するうさぎのイブスター店長には、じつをいうと、私に里親として引き取られた過去があります。

この話はこれまでしたことはなく、これからもするつもりはなかったのですが、私が飼っているうさぎさんが、ちょうど折り返しの4年目(うさぎの寿命は平均8年前後)という節目を迎えたこともあり、気が変わったのでお話しすることにしました。

じつは私が飼っているミニレッキスという種類のイブスター店長は、私がお迎えをしたわけではなく、里親として引き取ったことがきっかけで飼い始めたうさぎさんなのです。

このことは、べつに隠し立てをしていたわけではありません。ただ、これ以上この件を伏せておくと、話につじつまが合わない部分もそろそろ出てきそうであり、私も私でいいたいこともあったので、今回はうさぎのイブスター店長の、お迎え秘話をお話ししたいと思います。

目次

イヴと名づけられたうさぎ

私には以前、同居人がいました。

そもそも私の家はそこまで広くはないので、同居人が入るようなスペースもたいしてないのですが、まだうさぎのイブスター店長がこの世に生を受けていないとき、ある人物(のちの同居人)から相談を受けていたのです。

住んでいる家の周辺でトラブルがあって困っていて(すぐ隣の家に借金取りのような人間が夜な夜な現れ、窓ガラスを割るなどの迷惑行為を行っていたらしい)、新しい物件を見つけるまでのあいだ“だけ”居候させてほしい、と。

これは大変なことです。騒音トラブルの腹立たしさは頭がおかしくなりそうなほどのものがあるので、引っ越し先が決まるまで騒音に耐えなければならないというのは、たしかにしんどいことでしょう。

当時は私も朝から晩、というか朝から朝までひたすら働いていて、ほとんど家にいる時間もなかったので、そういうことなら1週間かそこらであればべつにいいか、と居候を許可したのです。

しかし人間とは、環境がととのえば、いくらでも怠惰になることができる生きものなのかもしれません。

当初はのちの同居人も新しい物件を探していましたが、もう「危機は去った」といわんばかりに、しだいに物件探しもせず、私の家で居候をきめこむようになってしまったのです!

私もほとんど家にいないとはいえ、いちおう帰ることは帰りますし、短い睡眠時間では、その質を高めなければやっていくことができません。ようするに、さっさと出ていってほしかったのでそのように仕向けると、居候はこういいました。

家賃の半分を払うから住まわせてくれと。

これは、悩みどころでした。当時、私が朝も夜も働いていたのは、ギャンブルによってできた借金の返済のためでもあり、返済しては増えての繰り返しによって、終わりが見えないような状況が延々と続いていたという理由もありました。

しかし、人が増えることで生活に不便が出るとはいえ、家賃の半分が浮くのであれば、その分を借金の返済にあてることができるので、もしかするとこれは、地獄のような生活から抜け出せるチャンスなのではないかとも思われたのです。

生活の利便性を取るか、ギャンブル依存症克服への新たな可能性を取るか。その答えは、いうまでもありません。こうして居候は、正式に「同居人」にランクアップしたのです。

同居人がうさぎを飼い始めた

家賃が半分になるというのは、かなり強力なものがありました。

そのままの返済ペースでいけば借金の完済もそう遠い未来ではないと感じられ、借金があるからこそギャンブルがやめられないとも感じていた私は、返済の手をゆるめないためにも、相変わらず働きづめの毎日を送っていました。

しかし人間とは、やはり怠惰な生きものであることはもう間違いないでしょう。

危機が去り、ついでに住居も確保、引っ越し費用なども浮いた同居人は仕事をやめると、私の家でぐうたらな生活を送るようになり、しまいにはこんなことをいいだしたのです。

一人だとやることもなくて、さびしさを感じるから、うさぎを飼う、と……!

さすがにこれには私も反対しました。家賃を払っている同居人とはいえ、家の契約は私がしているわけですし、そもそも、同居人のだらしなさを見ていた私は、この人が動物の命をあずかる(きちんと世話をする)ことなどできるはずがない、と思っていたからです。

しかし同居人は、私の反対を押し切ってうさぎさんを飼い始めました。

自分へのプレゼントということだったのでしょう。イヴと名づけられたミニレッキスという種類のうさぎさんは、クリスマスの夜に、私の家にやってきたのです。

同居人は実家に帰ることに、そして里親へ

同居人が飼い始めたうさぎさんだったので、当初私は遠くから眺めるだけにし、手は出さない(世話の協力はしない)ことにしていたのですが、これはもう案の定といったところでしょう。しばらくすると、きちんと世話ができていない日が見受けられるようになっていきました。

私もこれまでいろんな動物といっしょに暮らしてきたことがあり、動物は好きですから、そのような状況を放っておくことはできません。同居人が世話をしていないときは、私が代わりに世話をするようにもなりました。

そして、そんな生活がしばらく続いたある日、同居人は私の家を出て実家に帰ることになったのですが、今度はこのようなことをいいだしたのです。

実家では動物は飼えない。もし連れて帰ったとしたら外飼いで、納屋の中で飼うことになる。

聞く話によると、その納屋というのは閉めきっていて、夏場は平気で40度近い高温になり、冬場は下手すれば氷点下。これまで温室育ちだったうさぎさんが、そのような過酷な環境で飼育されるようになれば、おそらくイヴさんはその年の、四季のすべてを見ることはできないと私は思いました。

自分が飼い始めた動物ではないのだから、飼われた動物は飼い主と運命をともにするしかない、とあきらめるか、目の前の動物の暮らしを守るために、うさぎさんは家に残らせる、つまり私が引き取るか。

ときどき世話をしていたことで愛着もわいていますから、私にはなんの責任もないうさぎさんを、そのような過酷な環境に放り込ませることはできませんでした。

こうして同居人は実家に戻り、私は里親としてイヴさんを引き取り、私とうさぎさんとの生活が始まったのです。

イブスター店長という名前について

当ブログでも活躍するイブスター店長の子どものころの画像がほとんどない、もしくはあったしても画質が悪いというのは、そのときの世話をしていたのが元飼い主であって、私ではなかったから。里親として引き取ったのが、大きくなったあとだったから、といった理由があります。

なお、せっかくなので、なぜイヴさんはイブスター店長という名前になったのかも説明すると、これは、私が初めて飼った動物がハムスターだったことが大きく関係しています。

この初代ハムスター君は、私がまだ小さいころに飼い始めた動物だったのですが、子どもは動物が好きですから、ハムスターを飼うことになったという話をすると、近所の子どもたちが見せてほしいと、私の家に遊びに来ることになったのです。

しかし、ここで悲劇が起きてしまいます。

見るだけではすまず、子どもたちにいじくりまわされることになってしまったハムスター君は、おそらく強いストレスを感じてしまったのでしょう。目立った外傷などはなかったものの、なんと翌日に他界してしまったのです。

私は、息をしなくなってしまったハムスター君のあまりのふびんさと、初めて飼った動物を失った悲しみ、あずかった命を守ることができなかった自分のふがいなさに、ただ泣くことしかできませんでした。

そして、このことを忘れてはいけない、このようなことを二度と繰り返してはいけないと思い、次に飼う動物には、ハムスターの「スター」をつけようと決めたのです。そうすれば、初代ハムスター君は次の動物のなかでも、スピリットとして生きていけるとも思ったから。

それからもときどき、この「襲名制度」のようなものは続いていて、イヴさんは私に引き取られたことで、イヴスターさんに改名したのです。

ただ、イヴスターはどうも字面的にしっくりこないのでイブスターになり、当ブログにも登場することになったので、イブスター店長という肩書がつきました。

ちなみに、実家ではヨウムという大型のインコが飼われていますが、ヨウムさんは寿命が50年前後と長いので、もし実家で飼えなくなったときは、これもまた私が引き取ることになっています。

そのときは、おそらくヨウムさんは、ヨースターさんになるかもしれません。

イブスター店長
イブスター店長

ハムスター……いまも我が心に……

動物は責任を持って飼おう

イブスター店長の元飼い主にも事情があったのは私もわかってはいるので、これを責めるつもりはありませし、私も所詮は、目の前の、それも自分と関係のある動物を助けるぐらいのことしかできていないので、生きものの命を救ったんだ、と勇ましく吹聴するような気もありません。

ただ、私は思うのです。いってしまえば人間の都合で連れてこられた動物を、またしても人間の都合で手放すのは、いかがなものかと。

たしかに、どうにもならない事情から飼っていた動物を、やむをえずに手放さなくてはならなくなることはあると思いますし、そもそも、ペットショップなどから買ってもらえた動物は、誰からも選ばれることがなかった動物と比べれば、はるかに運がいいともいえると思います。

しかし、そんなことは当の動物からすれば、知ったことではないでしょう。

生後はよくわからないまま売り場に出され、知らない家に引き取られ、これからはそこで生活していけると思ったら、人間の都合でまた家を失う。場合によっては無責任に野に放たれ、保健所に送られてしまうこともあります。動物にはなんの罪も、なんの責任もないのにです。

だからこそ、動物を飼うのであれば、なにがあっても最後まで責任を持って、面倒をみる覚悟が必要だと私は思います。

私も子どものころは、自分だけで世話をするといっておきながら、半分くらいは手伝ってもらったこともたしかにあったので、あまりえらそうなことはいえませんが、ものごとの分別がつく大人であれば、「世話を維持するのがちょっとむずかしい」程度のことで動物を手放すことなど、あってはいけないことでしょう。

動物は人間に癒やしを与えてくれるだけの、都合のいいモノではないと思います。動物を飼うのであれば、たとえ自分の身を削ることになったとしても、かならず守り抜いてみせる、という覚悟が必要なのではないでしょうか。

今回のまとめ

・イブスター店長には元飼い主がいた
・イブスターのスターは、ハムスターのスター
・動物とは持ちつ持たれつの関係を築くのがいいのでは

以前の私は、借金を完済して仕事もやめたあとは、半年から1年ほど海外を放浪しようと考えていたのですが、いまはそういったことは、あとまわしでいいやと思っています。私には、イブスター店長の生活を守る義務があるからです。

もちろん、それを迷惑だと思ったことなど一度もありません。

たしかに、ほとんど寝る時間もないなかでうさぎさんの世話をすることになったときは、先に私のほうが倒れてしまうのではないかとも思いましたが、やはりそんなことは、うさぎさんからすれば知ったことではないので、倒れても世話をしなければならないと思っていました。

それに、私がイブスター店長を助けたように、イブスター店長も私を助けてくれています。こうしてうさぎさんについての記事を書くことができ、それを読んでくれる方がいるのは、イブスター店長がいるからこそでしょう。

ペットというと、なにか人間が一方的にかわいがるような印象を受けますが、動物を飼うということは、助け助け合い、持ちつ持たれつの関係を築くことなのではないかとも私は思います。

その関係、いわば契約を、動物側から破棄することは絶対にありません。だからこそ、私たちよりも寿命が短い動物が逝くまでは、その契約は守り通さなければならないと思うのです。

当然ながら、こちらが先に逝くこともあるとは思いますが、その場合は、誰かに世話を引き継ぐことで、ペットと交わした契約を果たすことができるでしょう。いずれにせよ、動物とした約束は、最後まで守らなければならないということです。

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コメント

コメント一覧 (2件)

  • ごもっともですね。
    イブスター店長が優しい主さんと一緒に暮らせて良かったです。

  • コメントをありがとうございます。また、お褒めの言葉をいただき恐縮です。
    イブスター店長にはこれからも長生きしてもらいたいと思っています。最近はあまり彼の生態について書けていませんが、今後も定期的にご紹介していきたいと思っておりますので、どうぞイブスター店長の活躍にご期待ください。

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