生涯の間にうつ病をはじめとするなんらかの精神疾患にかかる割合は、日本では5人に1人、世界では4人に1人といわれています。
自分はだいじょうぶと思っていても、きっかけによってはいつでも発病する可能性がある精神的な病気に「うつ病」がありますが、このうつ病は、脳内にある「神経伝達物質」というものに異常が起きていることが原因と考えられています。
では、この神経伝達物質とはいったいどのようなもので、どういった異常が精神的な病にかかわってくるのでしょうか?
今回は、この神経伝達物質と、それによっておこなわれる脳内での情報伝達(シナプス伝達)の仕組みを、だれにでもわかりやすく、そして簡単に説明していきます。私たちの頭の中でおこなわれている情報の受け渡しについて、理解を深めていきましょう。
神経伝達物質とシナプスとは
脳内には神経細胞(またはニューロン)という、情報を処理したり、伝達したりする細胞が、何百億という単位でたくさんあるのですが、この神経細胞と神経細胞のあいだには、情報の受け渡しがおこなわれる場所があります。
それが、「シナプス」と呼ばれているものです。
情報を伝える神経細胞とそれを受け取る神経細胞は、そこにあるわずかなすきまによって、そのままでは情報を伝達することができません。そこで、このシナプスを経由することによって、つぎの神経細胞、つぎの神経細胞へと、情報を伝えていくことができるのです。
つまり、このシナプスとは、なんらかの情報を伝達する中継地点のことを指し、身近なものでたとえると、手紙を入れるポストのようなもの、ということができるかもしれません。
また、その話でいくと、「それじゃあポストに手紙(情報)を入れたり運んだりするのはだれなのさ?」という疑問がわいてきますが、これ(シナプスで情報の受け渡しをおこなうもの)こそが、「神経伝達物質」と呼ばれるものです。
神経伝達物質とは、脳内の神経細胞が、ほかの神経細胞へ情報を伝達するさいに役目をはたす「脳内物質」のこと。
さきほどの例で話をつづけると、神経伝達物質とは、ポスト(情報の受け渡しの場)に手紙(情報)を入れたり運んだりする(伝達する)、配達員のようなものと考えておけばわかりやすいかもしれません。
ややこしくなってきたので、このあたりでいちどまとめておきましょう。こちらをごらんください。
このアメーバのような形をしているのが神経細胞で、神経細胞は、中心となる細胞核(オレンジ部分)を持った「細胞体」と、そのまわりにある「樹状(じゅじょう)突起」、しっぽのように長く伸びている「軸索(じくさく)」からなっています。
軸索が情報の発信側で、樹状突起は受信側。それらがくっつきそうになっている端と端の部分がシナプスです。そのシナプス間でやりとりされているものが神経伝達物質ですね。
なお、この情報の受け渡しをおこなうシナプスは、発信側・受信側で名前が異なり、情報を発信する側をシナプス前細胞、受信する側をシナプス後細胞といいます。
シナプス前細胞から神経伝達物質が放出され、シナプス後細胞の受容体(脳内物質をキャッチするポケットのようなもの)に結合することで、みごと情報の受け渡しとなるのです(これを「シナプス伝達」ともいいます)。
さて、ふたたびややこしくなってきたので、ここからはもうすこし簡単に、さらに身近な例に置き換えて考えてみましょう。
情報伝達の流れを身近な例に置き換えて考える
たとえば、皆さんがふだんから使っている洗濯機があったとして、購入してからはまだ日が浅いというのに突然不具合を起こしてしまい、電源が入らなくなってしまったとします。
近くにコインランドリーがなければ、これでは洗濯ができないので、どんどん洗濯物がたまっていってしまいますよね。これはかなり大変な事態だといえるでしょう。
そこで、そのような場合、まずはメーカーなどに問い合わせの電話をすると思うのですが、その場合は、以下のような流れになると思います。
左側の人が皆さんで、右側の人がメーカー担当者。それぞれが(携帯)電話を持っていて、洗濯機の故障に関するやりとりは、その電話を使っておこない、電波をとおしてやりとりをします。
通常、洗濯機の問い合わせの一連の流れというのは、以下のようになります。
- 皆さんは洗濯機のメーカー担当者に電話をかける
- 皆さんの持っている電話から電波が発信される
- メーカー担当者の電話が電波を受信する
- メーカー担当者に電話が通じ、洗濯機の不具合を伝えることができる
これでメーカー担当者には洗濯機が故障したという情報が伝わるので、あとは向こうが新品と交換なり修理なりの対応をとってくれ、無事に問題は解決するというわけです。
では、それをふまえたうえで、こちらをごらんください。
これはさきほどの図を脳内に置き換えたもので、皆さんとメーカー担当者は神経細胞です。電話機はシナプスで、皆さんが持っているほうの電話はシナプス前細胞、メーカー担当者が持っているほうの電話はシナプス後細胞。電話をつなぐための電波は神経伝達物質となります。
この場合もさきほどと同様に、情報伝達の流れは以下のとおり。
- 神経細胞(左)は情報を伝達したい
- シナプス前細胞から神経伝達物質が放出される
- シナプス後細胞が神経伝達物質を受け取る
- 神経細胞(右)に情報が伝達される
つまり、情報伝達の流れというのは、以下のような図式にあらわすことができるというわけです!
これで、シナプスでの情報伝達の流れと、神経伝達物質の役割については、もうばっちりですね。
情報伝達の流れ(神経伝達物質に異常が起きている場合)
それではつぎに、さきほどの洗濯機のやりとりで、情報を伝達する電波(神経伝達物質)に、なんらかの異常が起きてしまった場合を見ていきしょう。
洗濯機が不具合を起こしてしまい、電話をかけるところまでは一緒です。
皆さんはメーカー担当者へ電話をかける。ところが、どうやら電波が悪いようでなかなかつながらず、何度もかけ直したところで、ようやく電話がつながりました。
が……
(ザー……)お電……あり…………ます……(ザー……)
もしもし!?
(ザー……)ご用……件……(ザッ……ザー……)
…………(ブツッ)
切れてしまいました。その後も何度も電話をかけるもうまくつながりません。
なんということでしょう、これでは洗濯機を直すことができないため、着る服などがなくなってしまうのも時間の問題です!
この状態がつづけば、洗濯カゴに放り込んでおいた湿った肌着をまた着る羽目になってしまったり、生乾きのバスタオルをまた使わなければならなくなったりしてしまいます。そんなことになれば、気分もどんよりしてしまいますよね。
そして、この場合は、以下のような情報伝達の流れとなってしまいます。
神経伝達物質の異常により、神経細胞同士の情報伝達が、うまくいかなくなってしまったのです。
神経伝達物質の異常による心身への影響
さて、お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、この「洗濯機」とは、身体の機能の一部や、心の一部をたとえたものです。
神経伝達物質に異常が起きてしまうと、情報の伝達がうまくいかず、身体的な機能や精神的な機能に不具合を起こしてしまうことがある、というわけですね。
そして、それを放っておくと、どうなってしまうのか。
うつ病などの気分障害であったり、睡眠障害や、下痢・便秘といった、心や身体に影響が出てくる状態、つまり精神疾患(心の病)になってしまうと考えられているのです。
身体や心が壊れそうになっているという情報がうまく伝わらない、もしくは、伝わっていたとしても修理などの対策をとらなければ、精神的な病をいつ発症してもおかしくはない、ともいえるのかもしれません。
今回のまとめ
・脳内での情報のやりとりに異常が生じると、心や身体に影響が出る
情報の送受信をする場である「シナプス」と、送受信を可能とする「神経伝達物質」について、理解を深めることができたと思います。私たちがふだんスマホなどで情報のやりとりをしているように、私たちの脳内でも、同じような情報のやりとりがおこなわれていたわけですね。
また次回からは、今回の話をふまえて、神経伝達物質のなかでも、とくに重要な役割を持った「三大神経伝達物質」と呼ばれる3つのものを見ていこうと思います。まずは最初に、「ノルアドレナリン」というものから見ていくことにしましょう。
神経伝達物質やシナプスのことをより深く知りたい方は、以下の関連記事もあわせて見てみてください。シナプスでの情報のやりとりについて、さらにくわしく解説しています。私も持っている「脳のすべてがわかる本」も、画像が豊富でわかりやすいので、おすすめですよ。
シナプス伝達の詳細はこちら
→【拡大図】シナプス伝達の仕組みと向精神薬の脳内作用をわかりやすく解説
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